○冬の一時
「ねぇ、大輝」
六限目の授業が終わり、ノンビリと帰る準備をしていた俺に、美沙が声をかけてきた。
他の生徒は既に部活に行ったのか、それとも帰ったのか。
俺と美沙以外に、教室内に人はいない。
いつもは俺を放置して帰る美沙が……珍しいな。
「何だ?」
「いつまで私を待たせる気?」
いやいや……ちょっと待て。
「お前が勝手に待ってるんだろうが……
大体、俺は真面目に板書してあるのをノートに写してるからここまで遅くなるんだぞ?
まさか俺に勉強するな、とでも言うつもりか?」
ふっ……どうせ言えないだろうな。
親でもないのに、いつも勉強しろってうるさく言ってくるんだし。
しかし、勝利の笑みを浮かべている俺に対して、美沙は呆れたとでも言うかのように頭を押さえていた。
「授業中に寝なければ、板書写すのなんてちゃんと授業中に終わるでしょ……
大体、真面目な人は、あんたみたいに授業中寝ないの」
おいおい、何を言うかと思えば……。
「現代文の授業なんて、寝て下さいと言ってるようなもんだろ?
てかむしろ、寝ないお前の神経を疑うぞ」
「はいはい、勝手に疑っておいてよ。……それよりさ、話があるんだけど」
話……?
そりゃホントに珍しい。
「何だよ?」
「ん……」
訊く俺に、美沙は言いにくそうに俯いてしまう。
ったく。
「『ん……』じゃ判らないだろ。さっさと言えって」
「私……ね」
また数秒、間が空く。
そこまで言いにくい話なのか?
大体、何で俺にそんな話を──
「海外留学することになるかも……」
──は?
「マジで?」
「あっでも──」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
うわっ!?
「美沙ちゃん留学しちゃうの!?」
唐突に乱入してきたのは、クラスメートの宮園里依。
鞄持ってさっさと帰宅したんじゃなかったのか……。
「り、里依どうして?」
まぁ俺と同じ事を思ったんだろうな。
美沙が訊くと、宮園は舌を出して自分の頭を軽く叩き
「美沙ちゃんが藤塚君待ってるっぽかったし、面白い話が聞けるかと思って隠れてたんだ〜」
と言った。
宮園……すげぇな。
普通は、心配で〜とか、気になって〜とか、そういうのを表面上だけでも言うもんだろ。
「そ……そうなんだ?」
美沙、引きつった笑いしか出来てないぞ……まぁ気持ちは判るが。
「って私はどうでもいいの!それより美沙ちゃん、ホントに留学するの?いつ?」
「一応冬休み入ってちょっとしてからだから……後一週間程度かな?でも──」
「えぇ!?いきなりすぎるって!早くみんなに知らせないと!」
「え、ちょ、引っ張らないでよ里依〜……」
……で……俺は置いてけぼりかよ……美沙は宮園に拉致されたし──帰るか。
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それからしばらくの間。
俺は美沙を避けた。
嫌いになった訳ではない。
ただ話し辛かっただけ。
美沙が何かを微妙に言いたそうにしてたのが気になったが──結局俺は美沙を避けていた。
考えてみれば、俺はずっと美沙と一緒にいた。
幼なじみで、血のつながりなんてないのに兄弟みたいに育って、無意味におせっかいで……。
最近は全くないけど、小さい頃は家が近いのもあってよく遊んだ。
美沙がいなくなったらどうなるんだろうか?
──多分、どうもならないだろうな。
所詮そんなもんだ。
誰かがいなくなったら、最初は悲しみがやってくる。
でも、すぐそれに慣れていく。
そして完全に慣れたとき、前とほぼ変わらない生活がまた始まる。
優しかった祖母が死んだとき、俺はそれを理解した。
だから今回も一緒だろ──。
しかしそんな俺の考えとは裏腹に、クラスの女子の間では『美沙ちゃん送別会』なるものが計画されているらしい。
誰かの家に集まってどんちゃん騒ぎするとかしないとか。
まぁ男子の俺に詳細が回ってくるはずもなく、これはあくまで噂。
大体そんなこと、しようがしまいが俺の知ったことではない。
「だってのに……何だよ、このやるせない気持ちは」
美沙の話を聞いて以来、何もする気になれなかった。
「……はぁ」
美沙が留学に行くまで、残り三日。
……そういや留学の詳細、何にも聞いてないな。
どこに行くかとか、どれくらいで戻るかとか。
知ったところで……何も変わらないけどな。
考えることすらめんどくさくなって、俺は身体をベッドに投げ出した。
ボフッという音と一緒に、何回かベッドの上でバウンドする身体。
ぼんやりと天井を見つめるが、やがて目を閉じる。
そしてちょうど、そろそろ寝るか、と思ったとき──
チャラッチャラチャラッチャラー......
携帯が鳴った。
この着メロは電話か……。
「誰だよ……こんな時間に」
時計をチラッと見ると、既に十時を過ぎている。
「ったくもう……」
ブツブツ文句を言いながら、携帯を手に取り通話ボタンを押す。
めんどくさかったから誰からの電話か確認しなかったけど……まぁいいだろ。
「はい、もしも──」
「あ、もしもし藤塚君大変なの!」
っぅ〜。
不意打ちで、かなりの大きさの声が聞こえた。
耳いてぇ……こっちが言い終わるまで待てよ……。
「誰だ?」
「ちょっと、それくらい声で判断してよ!宮園、宮園里依。判った?OK?」
あぁ……なるほど。
確かにこのマシンガントークは宮園のだ。
「あぁ、OKだ。で、何が大変なんだ?」
「そうそれなんだけど、藤塚君の所に美沙ちゃんから連絡入ってない?」
……は?
「入ってないけど……それが宮園の言ってる大変なことと関係あるのか?」
「あるある、大あり!さっき美沙ちゃんのお母さんから電話がかかってきて、美沙ちゃんが家を飛び出したって言ったの!」
へぇー、そうなのか……っておい!
「いつ!?何で!?」
「ついさっきみたい。原因はお父さんとの喧嘩としか聞いてないんだけど……
早く見つけないと時間が時間だし、ピーになったりピーなことされたりピーしちゃうかもしれない」
「……ピーって何だよ」
いや、訊くべきではなかったな……予想はつくし。
それより早く探しに行かないと。
しかしそんな俺の気持ちも考えず、宮園はあはははーと笑い
「それを言ったら私が危ない子みたいになっちゃうじゃーん」
と言った。
……。
「そんなこと考えつく時点でもう危ない子だって」
「そん──」
ブツッ。
時間の浪費になりそうだったので、あっちの反論は聞かずに電話を切る。
てか、既に浪費しちゃったし……。
急がないと。
コートを手にとって、部屋から出て行く。
そして玄関で靴を履きながら、美沙の携帯に電話をかけた。
トゥルルルル......
呼び出し音が鳴り続ける。
しかし、同じ音が十回鳴っても美沙は出なかった。
俺は諦めて電話を切り、家の外へと飛び出した。
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外はかなり寒かった。
コートを持ってきて正解……というところか。
さっさと美沙を見つけて、帰って寝よう。
一秒でも早く帰りたいな……はぁ……ったく、面倒だな。
吐く息は白く、手は冷え切っている。
何かないのかよ……ん?
コートのポケットに手を突っ込むと、何かの袋が手に当たった。
取り出すとそれは
「カイロ……か。ラッキー」
早速袋から取り出し、軽く揉む。
暖かくなるのに少し時間かかるけど……まぁないよりはマシだろ。
俺はポケットの中にカイロを入れて、目的地へと向かう。
目的地っていうのは美沙のいる所だけど……実は既に予想がついていたりする。
小さい頃から、美沙はよく悲しいときや嫌なことがあったときに、近所の神社まで逃げた。
十中八九、今回もそこにいるだろうな……単純だし。
神社までの距離はそんなに遠くない。
家から徒歩で二十分、といったところか。
ここから走れば……んー、カップラーメンが出来るより早く着くのは確実だな。
トロトロ歩いてても仕方がないし、走るか?
でも疲れるのは嫌いなんだよなぁ……。
けど、早く見つけて早く帰りたいしなぁ……。
んー……。
走れば身体が温まるか……?
いや、汗かいたら帰りが更に寒いか……。
んー……。
んー……。
んー……ん?
……着いたか。
目の前にはちょっとした石段と大きな鳥居が一つ。
あの奧には神社があるんだけど、人はほとんど来ないらしい。
結局歩いて来ちゃったけど……まぁいいか。
石段を駆け上り、いつも美沙がいた鳥居の影を見ると──いた。
「やっぱここにいたのか……さっさと帰るぞ。寒いんだから」
突然声をかけられたのに驚いたのか、俺が来たのに驚いたのか、美沙は目を丸くしている。
「大輝、私がここにいるってよく判ったね?」
「お前が隠れる場所って言ったら、小さいときからずっとここだったからな」
「へぇ〜、そうなんだ」
そうなんだって……。
自覚ないのか?
まぁ美沙は昔からどこか抜けてたからなぁ……ってそんなことより。
「早く帰るぞ、マジ寒いし」
「うん、寒い。……でも、私帰らないよ?」
は?
「何でだよ?」
「帰ったら、留学させられちゃうから」
させられちゃうって……美沙、お前──
「したくないのか?留学」
何も言わず、美沙はゆっくりと首を縦に振った。
「どうして?」
「──くないから」
虫のような声で返事をする美沙。
当然俺には聞き取れない。
「は?何て?」
「離れたくないから」
離れたくないって……あぁ。
「クラスの連中か?何ならこまめに写真とか送ろうか?」
うん、ナイスアイディア。
しかし、美沙は首を横に振った。
……違うのか?
んじゃあ──。
「親?」
「ううん。家族みんなで行くから」
「じゃあ何と離れたくないんだよ……この町か?」
また首を横に振り、今度はあからさまに溜息までつく美沙。
「ほんっとに鈍感……あ〜もう、私が離れたくないのは」
そこまで言って、美沙は無言で俺を指差した。
………………俺?
「何でだ?借りた金とかは返したと思うんだけどな……」
「ここまで来てまだ判らないの!?信じられない……」
いや、そう言われても……。
判らないものは判らないし。
「もう!直球じゃないと伝わらないの……?私は……私は、大輝が好きなの!」
……………………。
……………………。
……………………。
……………………は?
理由を訊こうにも、うまく言葉が出てこない。
美沙は完全にこっちに背を向けてるし。
一瞬で、辺りは静寂に包まれた。
聞こえるのは風の音くらい。
それが聞こえるたびに身体は冷えていくが……今はそんなこと気にしてられない。
まさか……告白されるとは……。
しかも、美沙から。
「じ……冗談だろ?」
「冗談でこんなこと言わないって……」
辛うじて口から紡ぎ出した言葉。
しかし、それは間髪入れずに否定された。
「で?」
「で?って……何が?」
「こっちは告白したんだから……返事くらい聞かせてよ」
言わないとダメか?と言おうとしたが──止めた。
美沙の眼はマジだ。
そんなこと言ったらキレられるだろうな……絶対。
……どうしよ。
美沙のことは嫌いじゃないけど……そういう対象として見たことないんだよなぁ。
ルックスは結構良いんだよな……性格も別に悪くはないし。
普通はOKなんだろうけど……ん〜……。
断る理由は無いんだよな……でも、OKにはちょっと抵抗あるし……。
「大輝は私のこと……嫌い?」
しばらく俺が黙っていたから不安になったのか、美沙が顔を覗き込みながら訊いてきた。
「いや、嫌いな訳ではない」
「じゃあ……好き?」
うわ……極端だろ、それは。
「好きっちゃ好きだが……そういう対象として見れないんだよな」
「他に好きな人いるの?」
他に……?
頭の中を、知り合いの女子の顔が駆け抜けていく。
ん〜……。
「いないな」
というより、好きって感情が何だか微妙なんだよなぁ。
恋愛とかしたことないし。
「じゃあ、彼女にして」
「何て言うか……強引だな」
「だって──」
そこで一旦区切り、美沙は俺に微笑みかけてきた。
「これくらい強引じゃないと、大輝、適当に誤魔化して逃げちゃうでしょ?」
……正解。
ま、いいか。
「OK、それじゃいいよ。ただし、条件が一つ」
「……何?」
「帰って、お前の親とキッチリ話つけてこい」
そろそろ本題に戻らないとな……ずっとこんな寒い中で立ち話していたくないし……。
とりあえず美沙を帰らせないと、俺も帰れないからな。
最初に今のを言ってたら拒否されてたろうけど、美沙は「ん〜……」と唸りながら悩んでいる。
これで無理って言われたら他の手を考えないとな……というより、言われそうだから今から考えておこ……。
しかし幸いなことに、美沙はコクリ、と頷いてくれた。
「話をつけるだけでいいなら……いいよ。それじゃ、家まで送っていって」
送っていってって……まぁいいけどな。どうせ近いし。
「へいへい……行くぞ」
「あ、ちょっと待ってよ〜」
石段を下り始めた俺の後を、慌てて追ってくる美沙。
そして美沙は俺の横に並ぶと──不吉な言葉を放った。
「ねぇ、そのコート暖かそうだね」
身の危険が迫っているのは明白なので、俺は無言で石段を駆け下りる。
だが、美沙はピッタリと俺の横についたままだ。
「ちょっと貸して〜」
「嫌だ」
「いいじゃん、ちょっとくらい〜」
「俺も寒い」
「ちぇっ……えい!」
「うわっ!?」
美沙は唐突に、俺の首を両手で触ってきた。
ずっと外に出ていたせいで冷たく、美沙の手はまさに氷のよう。
手が俺の首に当たった瞬間に、全身で鳥肌が立ったし。
マジで冷たい……あからさまに俺の体温を奪おうとしてるな……美沙のやつ。
「ちょ、止めろって……」
「こんなに暖か〜いのに、止められる訳ないじゃん」
身体や首を捻って回避しようとするが適わない俺に、小悪魔的な笑みを浮かべる美沙。
クソ……。
「カイロやるから、マジで手を退けてくれ……」
「ふむ……仕方ない。それで我慢してやりますか」
言って、ケラケラと笑う美沙。
はぁ……せっかく暖かくなってきてたのに。
俺は泣く泣くカイロを美沙に渡して、両手をポケットへと突っ込んだ。
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……やることないな。
今は午後一時で、さっき飯を食ったばっかり。
ベッドの上でゴロゴロしながら漫画読むのも飽きたし……。
昨日は終業式だったから、今日から学校は冬休み。
一昨日美沙を家に送った後、冬休み中はベッドで冬眠しようと決めたんだが……。
あの時は、カイロ取られて手とか冷たかったから、暖かいとこで冬眠したいと思ったけど……。
まぁ人間に冬眠なんて不可能だよな。
昨日は家に帰って美沙とメールしてただけだし。
メールの内容は『美沙ちゃん送別会』のこと。
どうやら昨日だったらしい。
楽しかったけど、複雑な気分とか言ってたっけ。
まだ行くか行かないか決まってなかったらしいからな……まぁそりゃ当然か。
ちゃんと俺の言った通り、親と話し合ってるみたいだけど……そろそろ決着が着いてないとまずいよな。
予定だと、今日が一日前らしいし……電話で聞いてみるか。
そう思い、俺が携帯に手を伸ばすと──
チャラッチャラチャラッチャラー......
電話がかかってきた。
携帯の画面には『神沢美沙』と表示されている。
……良いタイミングだな。
「どうした?」
通話ボタンを押して、話しかける。
「あ、もしもし。あのね、話があるから外に出てきて?今家の前にいるから」
「今からか?電話じゃダメなのか?」
「うん、それじゃ待ってる」
ブツッ。
……一方的に電話切りやがった。
最近、美沙がかなり強引になってきた気がする。
……ま、暇つぶしにはなるか。
とりあえずコートを引っ掴んで、俺は部屋を出た。
階段を下りて玄関で靴を履き、ドアを開ける。
それと同時に、声が聞こえた。
「こっちこっち!」
声のした方を見れば、美沙が手を振っている。
それなりに厚着をしているようだし、今日はコートを取られそうになる心配はないな。
「どうしたんだ?」
「ちょっと着いて来て」
……?
意味が判らないけど……着いて行くしかないか。
美沙は無言で歩いて行き、俺も無言で着いて行く。
その状況で十数分続いて、ようやく美沙は止まった。
「ここ、どこだ?」
公園みたいだけど……。
「私ね、行くことにしたから」
……そっか。
まぁ予想通りと言えば予想通りか。
「それで、大輝に私の一番好きな場所を知っておいて貰おうと思って」
「それじゃ……ここが美沙の一番好きな場所なのか」
……ん?
公園の中に、一本だけ花が咲いてる木がある……。
「美沙。あの木、何て木だ?花が咲いてるけど」
訊く俺に対して、美沙はフフン、と笑い
「桜よ」
と言った。
……?
「桜は春だろ。今は冬だぞ?まさか桜が季節を勘違いしたとか言うなよ?」
「言わないって。あれは『冬桜』っていって、名前の通り冬に咲くの。
花の量は少ないけど……あれで満開かな?」
へぇ……。
「よくそんなの知ってるな」
「そりゃね。あれがあるから、この場所が好きになったようなものだもん」
ふぅん……あ、そういえば訊いておかないと。
「そういえば、どこにどれくらい留学するんだ?」
「えっと……どこだったかな?カナダの……あ〜、何て都市か名前忘れちゃった。とりあえず、カナダの北の方。
期間は丁度一年。あ、いない間に浮気なんてしたら許さないからね?」
「さぁな?その予定期間の一年は待つけど……それを越えたら判らないな」
ま、他に好きな人が出来るかも判らないけどな。
しっかしカナダか……ただでさえ寒いのに、更にその北の方の都市……。
よく行く気になれるよ。
「一年を越えることはないから安心して?帰ってきたら、私にメロメロにさせてあげる」
「へいへい、期待しとくよ──あ」
突然、頬にヒヤリとしたものが当たり、溶けた。
空を仰げば、無数の白い結晶がゆっくりと落ちてきている。
「雪だね」
白い息を吐きながら、美沙が言った。
「あぁ」
「綺麗……積もるかな?」
「この量だったら積もらないだろ」
何となく、チラリと冬桜の方を見た。
花びらの色は淡いピンクだが、遠目には白と殆ど変わらない。
それの近くを舞う雪が、まるで桜の花びらのように見えるほどだ。
「……また来年、見に来ような」
こんなに綺麗なら毎年見たい。
そう思ったから言ってみただけなのだが、美沙にはそれが嬉しかったらしい。
満面の笑みで、俺の腕に抱きついてきた。
「うん!」
まぁ……別にいいけど。
「それじゃ、帰るか」
「うん!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ピピピピピ......
「ん……」
目覚まし時計……。
うるさいからボタンを押して黙らせる。
まだ眠い……。
…………………………って。
美沙が留学に行くの、今日じゃねえか!
さすがに寝ている訳にはいかず、慌ててベッドから飛び出して着替える。
時間は……七時半!
急がないと、美沙が電車に乗って空港まで行ってしまう。
家から駅まで全力疾走して、間に合うかどうか……。
「くそ、もうちょっと目覚ましを早めにセットしとくんだった!」
机の上の小瓶を掴んで、俺は部屋を飛び出した。
玄関を出て右に曲がり、コンビニの角を左に曲がる。
ちょっと裏道に入ってショートカットをして、本屋の角を右に曲がって──着いた!
時間は七時四十二分。
電車発車時刻まで、まだ三分ある。
頑張ったな……俺。
息を整えながら改札口前まで行くと──いた。
「美沙」
声をかけると、美沙が軽くこちらに走ってくる。
「ほんっとにギリギリ……来ないのかと思ったよ?」
「悪い悪い……ほら、これ持って行け」
言って、持ってきた小瓶を美沙に渡した。
「あ……星の砂……いいの?」
「あぁ。売られてるのじゃなくて、俺が昔取ったやつだけどな。
これ持ってたら結構良いことあったし、多分お守り代わりになるぞ」
大真面目に言う俺に、美沙がクスッと笑い
「星の砂がお守りになるなんて聞いたことないよ……でも、ありがとう」
と言った。
「それじゃ、そろそろ時間か」
「うん。お父さんとかはもうホームに行ってるから、私も行くね」
「また来年、な」
「浮気しないでよ?」
はっ……心配しすぎだろ。
「期限を守ればしないって──それじゃ、行ってらっしゃい」
「行ってきます。また来年ね〜」
手を大きく振りながら、美沙はホームへと走っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ピピピピピ......
「ん……」
目覚まし時計……。
うるさいからボタンを押して黙らせる。
「夢……か」
まさに今までの回想、みたいな夢だったな……。
何の偶然か、今日はあれから丁度一年。
一昨日くらいに、今日帰るというメールが美沙から届いていた。
今は七時二十分。
時間には少しだけ余裕がある。
俺は今回はノンビリと、駅へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
改札口前でボーッと待つこと数分。
「大輝!」
美沙が来た。
改札口を通って、小走りで俺の近くまで来る。
変わってないな……。
「うわ、大輝かなり身長伸びてない?」
「そうか?」
自覚はないけど……。
ま、そんなもんか……一年ぶりだもんな。
「時差ボケとかは平気か?」
「うん、平気。あ、そういや星の砂、役に立たなかったよ?」
む……。
「何か悪いことあったのか?」
「ううん。特には。でも、凄く良いことっていうのも無かったかな」
何だ。
役に立ってるじゃないか……判ってないなぁ。
「きっと持ってなかったら、悪いことがあったんだって。
星の砂のお陰でそれから逃れたんだ。感謝しとけ」
「ん〜……じゃあそういうことにしといてあげる。それより行こ!」
「……どこに?」
「どこでもいいよ。とりあえず、この一年分を遊び倒そう?」
まぁた……凄い発想を。
帰国したばっかなのに、疲れてないのかよ……ってまぁ疲れてないんだろうけど。
疲れてたら、すぐに帰って休んでるだろうしな。
ま、冬休みだ。
確かに遊び倒すべきだろう。
「んじゃ、適当に行くか」
「あ、あの公園は?」
ふむ……。
無い訳じゃないが……。
「明日にしよう。明日は雪らしいからな」
「そっか。じゃ、やっぱり場所は大輝が決めて?」
「ん〜、それじゃ──」
遊び倒すという名目上のデート。
多分、それで冬休みの予定が大分埋まるだろう。
これから大変になりそうだけど……それなりに楽しくもなりそうだな。
・後書き
短くなりそう、と言っておりましたが、一応八千字は越えました。
正直ホッとしています。
さて、今回のお題は「『雪』『桜』『星』『北』の語句を使った恋愛短編」だった訳ですが……。
『雪』問題ないでしょう。
『桜』平気なはずです。
『星』多分大丈夫でしょう。
『北』……申し訳ありません。
変な使い方になってしまいました。『北』だけ。
まだまだ未熟なので、許してやって下さい。