ボテに入って来たのは、一人の男だった。
それを見て、俺は死ぬほど驚いた。理由は簡単だ。
だって、突然自分にそっくりな男を見つけたんだからな。
その顔は、まるで鏡を見ているかのような顔だった。
男はこっちを見た。男の視線の先にいるのは、彼女だった。
男は一瞬微笑んだかに見えたが、俺の姿を見て表情を変えた。
「おい、優衣……隣の奴は誰だ?また浮気か?」
優衣、と呼ばれた女の子は、少し遅れて男を見た。
「え……?」
男を見て、俺を見て、またその後に男を見る。
「こーすけが……二人?」
……まさか彼氏と俺を間違えていたとは……。
だが、これは間違えても仕方がないとも言える。似すぎているのだから。
少しオーバーに例えるなら、ドッペルゲンガーといった感じに近いほどだ。
しかも、彼女の発言から推測するに、その男の名前も「こうすけ」らしい。
「は?そいつは赤の他人だ。俺にちょっと似てるからって、普通は間違えないぞ?」
いや、間違えるだろ。
目の前に二人同時に置かれて、一卵性双生児です。と言われたら納得しちゃいそうだし。
「お前さ、俺に似てる奴なら間違えたって言って誤魔化せると思った?
甘いよ。それに、この前言ったよな?次浮気したら別れるってさ」
まずい、別れ話だ。
更にやばいことに彼女、浮気の前科があるらしい。
俺には関係ないと思いたいが……。
「ち、ちょっと待ってよ。ここまで似てたら普通判らな……」
「うっせーよ。彼女なら少し話せば違和感があっだろ?もう別れるぞ。我慢できねぇ」
言って、男はボテのドアを荒々しく閉めて出て行った。
「……あり得ない。あんたのせいよ!」
彼女のその言葉が俺に向けられたものだと理解するのに、数秒かかった。
「……は?」
「だから、私がこーすけと別れることになったのはあんたのせいよ。責任取りなさい」
「いやいや……あんたが勝手に勘違いしたんだろ?それに、責任取るってなんだよ?」
「私と付き合いなさい」
しばらくの間、空間を沈黙が支配した。
……えーっと……俺の耳が悪いのだろうか?
「もしかして、付き合えって言った……?」
「えぇ。来週に友達とWデートすることになってるのよ。あなたならこーすけにそっくりだし、多分友達も誤魔化せるわ」
なるほど……そういうことか。
付き合うのは一定期間。そのWデートが終わればバイバイ……と。
……気にくわないな。
「嫌だ。そんなことやる義理もないし、やって何も得もしないじゃないか」
よし。ハッキリ言ってやった。ここまで言えばきっと──。
「よお康助、それに優衣も……こんなとこで何してんだ?」
突然声をかけてきたのは、ザッキー。
まさかこんな店にザッキーが来るなんて……。
俺の額を、一筋の汗が流れる。
「やっほ〜聡、こんなとこで会うなんて奇遇ねぇ。でも、悪いんだけど今デート中なのよ。外してくれないかな?」
ザッキーは一瞬驚いた顔をして、だが俺が何かを言う前に勝手に納得したみたいで、不機嫌な顔になった。
「さっきまで彼女欲しいとか連呼してた奴が……ったく、嘘つきめが。
涼もうと思ってたけど、俺はお邪魔みたいだからやっぱ帰るわ。じゃあな」
「え?あ……おい」
俺の呼び止めもむなしく、ザッキーは店に入って何も頼んでいないのに出て行った。
……これはまずい。
多分、このことをザッキーは祐貴と麻美に言うだろう。
その内容はきっと改造されて、
俺は『可愛い女の子』と付き合っていて、ボテで『デート』を楽しんでいた。
みたいな内容になっているのだろう。
しかも、彼女とザッキーは知り合いらしい。
もし俺が「あれは彼女の策略だ」とザッキーに言っても、彼女が何かを──例えば、
「あの後に私が彼をふった」とでも言えば、ふられた男の言い訳として笑いものにされる。
そんな俺の心を読んだかのように、彼女はニッコリと笑っていた。
「これでお互いの利害が一致したわね?これからよろしくね、こーいち。あ、私の事は優衣って呼んでね」
「判った……」
「優衣、だよ」
「……優衣」
あぁ、笑ってる女がこんなに怖いだなんて……。
「ん、よろしい」
優衣はクスクスと笑いながら、そう言った。
……ザッキーの馬鹿野郎。