「くそっ、あのバカップルめ……」
俺は毒づきながら、意味もなく町をぶらぶらしていた。
別に、あの二人が嫌いなわけではない。
ただ、彼女が本気で欲しい男の目の前でイチャイチャする、という神経が理解出来ないのだ。
しかも、今日は七月十四日の土曜。夏だ。ただでさえ蒸し暑い。
喫茶店の中はクーラーが効いていたが、あの二人を見ているとクーラーがない時と同じくらい暑苦しくなる。
店を早く出た理由の一つがそれだった。
そして、隠されたもう一つの理由がある。
それは、ジュース代をあいつらに押しつける、ということだ。
酷いなどと言う事なかれ。
深刻……だったかどうかは知らないが、一応悩みに答えてやったんだ。安いものだろう。
そういえば、ザッキーはどうしただろう?
まだ辛抱強く粘っているだろうか?それとも俺と同じように帰っただろうか?
まあどちらにしろ、俺もザッキーもあの三分を耐えただけでかなり我慢強いということが判明した。
この武勇伝は、月曜に学校でみんなに教えなければ……。
「しっかし……暑いなぁ」
今日の最高気温は三十二度だっただろうか……。
クーラーの効いた店に入りたい。それも、一人でしばらくゆったり出来る店がいい。
そんな都合の良い店を探していつもは通らない裏通りを通ってみると、一つの店を見つけた。
「……ん?なんだあの店……」
看板には英語で『Blessing Of The Earth』と書いてある。
直訳すると『地球の恵み』……かなり怪しい。
でも、他によさそうな店もなく、結局その店に入ることに決めた。
長ったらしい名前だから、各英単語の頭文字をとって今後、この店をボテと呼ぶことにしよう。
ボテのドアを開けると、涼しい空気が身体を撫でた。
よし、ちゃんとクーラーは効いている。
ボテは喫茶店だった。
さっき出た喫茶店よりも小さくて、地味な感じがする。
多分新しく出来たばかりの店なのだろう。壁や天井、テーブルや椅子が全てピカピカだ。
店自体はなかなかな感じなのだが、裏通りにあるのが原因なのか、客の入りはあまり良くない。
こんな店を見つけて入る気になるのは、余程の暇人だけだな……人のこと言えないが。
店の人を除けば、店の中には人の良さそうなお爺さんが一人と、新聞を読んでるオッサンが一人いるだけ。
俺は適当な椅子に座った。ウエートレスが近づいてくる。
ちっ……あんまり可愛くないな。
俺は心の中でぼやいた。そりゃそうだ。
可愛いウエートレスがいれば、また来る気になっていたかもしれないじゃないか。
のんびりしたかっただけなのだが、店に入って何も注文しないわけにもいかない。
メニューを見る。至って普通のメニューだ。
──いや、ジュースの欄に面白そうなのがあった。
この店の名前とほとんど同じ、『Blessing Of The Earthジュース』というのだ。
早速注文。こういう運試しは結構好きだ。
初めて行く店で怪しげな名前の商品があれば、大抵それを頼む。
おいしかったら得した気分になれるし、まずかったらもう頼まなければいいだけのこと。
ハズレを引いたことはそんなにないが、それでも引いて損した気分になったことはない。
つまり、俺はこういうことのハラハラ感が楽しみたいだけなのかもしれないな──。
そんなことを考えているうちに、ウエートレスはジュースを持ってきた。
チラ、と時計を見る。
さっきから五分も経っていない。
とりあえず持ってくるのは早いようだ。
その点に満足しつつ、俺はジュースを見た。
色はクリーム色。匂いは……なんだろう?フルーツ系のジュースっぽいが……。
ドキドキしながら、一口飲んだ。
……むぅ。ハズレじゃない。ハズレじゃないが……当たりでもなかった。
柑橘系のを入れているのか、酸味が少し強いな。
まぁこんなものか。
ハズレじゃないだけ、マシということにしておこう。
そう思い、一気にボテジュースを飲み干した。
その時だ。
一人の女の子がボテに入ってきた。
年齢は恐らく十代中盤、中学二年〜高校一年くらいだろうか。
身長は百六十センチほどで小柄、かなり可愛い顔をしている。スタイルも問題無し。
黒髪のポニーテールと軽く焼けている肌は、その子によく似合っていた。
声をかけようかと思ったが……ありゃあ彼氏がいるな。
いや、いて当然だ。あんな可愛い子をほっておく男はいない。
だから諦めて店を出ようとしたとき、なぜだかその子が声をかけてきた。
「やっほ〜、こーすけ。先に来てるなんて珍しいね〜」
……は?
周りを見るが、彼女が声をかけたのは間違いなく俺らしい。
彼女はにっこりと笑って、俺の方を見ていた。
……康助。俺の名だ。間違いようがない。確かに彼女は俺の名を呼んだ。
それも親しげに。だが、俺は彼女を知らない。
あり得る可能性は──。
──知り合いだけど、俺が忘れてるだけ……?
……いや、考えづらいことだ。あんな可愛い子と知り合っていたら、俺が忘れるはずがない。
だが、これは現実のようだ。
もしここで俺が「あんた誰?」とでも言ったら、恐らく彼女は機嫌を害すだろう。
ここは知ってるふりをするのが無難か……?
というわけで、俺も親しげに手を軽く挙げる。
「よ」
すると彼女は無遠慮に、俺の隣の席に座ってきた。
こうなっては俺も動くことが出来ない。本当に何かの罠じゃないだろうか……。
「ねね、今日はどこ行く?映画館とか?」
「……?」
全く意味が判らない。
今日はどこ行くって……まるで、いつもどこかに行っているみたいだ。
もしかしたら、彼女が俺を彼氏と勘違いしているのだろうか?
……いや、そんなことあるはずがない。
彼氏と赤の他人を間違うなんて……。
じゃあ、他に何か可能性があるだろうか?
……まさか!?
新手の逆ナンか?
そうだとしたら、俺はかなりラッキーだ。
そうだろ?こんな可愛い子からの逆ナンだ。拒む手はない。
俺は有頂天になった。たった一瞬だが。直後に、ボテの入口のドアが開いたのだ。