○最期の刻
「終焉はいつか訪れるもの。そう、それは誰にでも公平に訪れるものなんだ。ただ、やってくるのが早いか遅いか、それだけなんだ」
俺は白銀の世界の中で、白い吐息を吐きながら自分を納得させるためにそう呟いた。そして、次に出てくるのは後悔の念。
「あいつにはもう訪れた。だからもう会えないんだ……」
もうそんなに長くないのは判っていた。判っていながら、俺はあいつに優しくしてやれなかった。
あいつには身寄りがいなかった。それなのに、どうして俺は──。
「誰かに責めてもらった方が楽だったかもな……」
あいつに優しくしなかったことを責める人はいなかった。
いや、正しくは、あいつの周りには俺以外誰もいなかったと言うべきか。
俺の周りにもあいつ以外誰もいなかった。
そしてあいつが逝った今、俺は独りになった。
あいつはいつも俺を楽しませてくれたのに。
あいつはいつも俺を支えてくれたのに。
あいつはいつも俺を慰めてくれたのに。
どうして俺は──。
「償いは出来るのか?」
俺は虚空を見つめ、尋ねた。
その質問に答えてくれる人はいないと判りつつも、尋ねた。
数秒黙り込み、俺は自嘲の笑みを浮かべた。
その時、一陣の風が吹いた。
俺を後押しするような風。
だが、俺に何をしろと言うのだろうか──。
不意に、俺はあいつが昔言っていた言葉を思い出した。
「あたしね……この病気が治ったら、ここから一番遠い所に行ってみたいの。
興味無い?そこがどんな場所で、どんな人たちが住んでるのか。それを知るのがあたしの夢なんだ」
それがあいつの夢……。
あいつはここにはいないけど、その夢を俺が代わりに果たしてやればあいつは喜んでくれる……か。
自分勝手な判断。だが、結局は逝っちまった人の気持ちは今ここにいる人が決めるしかないんだ。
一番遠い所に行く……それは俺には出来ないけれど、見るだけなら出来る。
どんな場所で、どんな人たちが住んでるのかを知るにはそれで十分なはずだ。
「ここから一番遠い所だから力を大分使うが……」
俺は覚悟を決めて、呪文を詠唱することにした。
「夕凪の中で踊り 蒼天を駆けろ 光に紛れ 我が眼に真の姿を映し出せ ディットリー・サークート!」
見えた光景は、こことは全く違っていた。
大都会の中に、人が溢れかえらんばかりにいたのだ。
人々の格好は皆個性的で目移りしてしまったし、見たこともない機械が動いていたりもした。
「こんなに……違うものなのか……」
そこで遠視は終了した。
家に戻り、俺は見たこと全てをあいつの亡骸に向かって言った。
あいつの表情はもう変わることはないのに……どうしてだろう。
話し終わったとき、なぜだかあいつが凄く幸せそうな表情をしているように見えた。
「お前の夢……叶ったか?」
あいつはもう返事は出来ないが、それでも俺は返事をもらった気がした。
直後、急に目眩がした。もう力は残っていないらしい。
「俺にももうすぐ訪れるか……でも、もういいよな?償いは……」
それ以上は何も言う気になれず──あいつの髪を撫でようとしたが、もう身体は動いてくれなかった。
俺は諦めて、静かに目を閉じることにした。
・後書き
実はこの小説、ある単語を使って即興小説を書けと言われて書いたものです。
その単語とは
「終焉」「夕凪」「白銀」「蒼天」「虚空」の五つでした。
まともに使ったのは三つだけですが。