「……本当に痛かった」
「……すみませんでした」
史乃は私に土下座をしている。
とりあえずパンツとズボンは履いたみたいだけど、まだ上半身は裸。
その格好が、やった後、ということを私に再認識させる。
まぁ毛布にくるまって全身を隠している私も似たような格好で、
毛布の下に身につけているのは下着のみ。
それにしても……痛かった。
こうなった元々の理由は……
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史乃の彼女になった日から一週間。
『呪われた子』の噂も少し落ち着いてきた頃に、私は史乃と一緒にお爺ちゃんの家に行った。
理由は現状報告。
生理は終わったし、一応どうなったかは伝えておきたかったから。
現状報告は、想像していたよりも呆気なく終わった。
今までのことを五分ほど話して終了。
話をしている間、お爺ちゃんは一言も喋らなかった。
話が終わった後も
「よく耐えたね、紗英」
と褒めてくれた程度。
大変なのはその後だった。
突然お爺ちゃんは、私に一冊の本を渡したのだ。
タイトルが『妊娠と出産と子育て』という本。
「お爺ちゃん……私と史乃はする気はないよ?」
と言ったのだけれど
「いや、気なんてコロコロ変わるものだからね。紗英と史乃君だったら、可能性はあるんだ。
持っておいて損はないよ……そろそろ私も孫の顔が見たいからねぇ。
あ、そうそう。出産はうちでしなさい。
普通の病院じゃ出来ないけれど、うちなら昔の医院が残ってるから」
ってな感じで聞く耳持たず。
「はぁ……まぁいいんだけど──こんな本、どこで見つけたの?」
「そこの本屋だよ。興味があるなら行ってみなさい。
今じゃヒノン教のせいで滅多に見つからないような本が、普通に置いてあったりするからね」
それは二重の驚きだった。
今じゃこの世から消え去っていてもおかしくない本が存在していて、
しかもそれはただの汚い、哲学書ばかりの本屋だと思っていた場所にあったのだから。
むしろ驚かない方がおかしいよ。
まぁそんなこんなで話は終了。
私はバッグの中に『妊娠と出産と子育て』という本を入れて。
史乃は片手に
「これで勉強しなさい」
と言われて、お爺ちゃんから渡されたよく判らない本を持って帰った。
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……で、その日の内にやるのかやらないのかを話し合った。
史乃は私が許すならやりたい。
私はまぁ史乃だったらいいかな、と思っていた。
結果は言うまでもない。
でも、その日はやらなかった。
話し合いが終わった頃にはもう深夜を過ぎていて、お互いの意識が朦朧としていたから、出来る状態じゃなかったのだ。
翌日はそういう気分になれなかったし、更にその翌日はお互いにそのことを忘れていた。
そして本日。
唐突に思い出した史乃に押し切られて──今に至る。
「優しくするからとか……嘘つきぃ!」
初体験の時は痛い、ということくらいは知っていた。
でも──想像してたのよりも、全然痛かった。
史乃が「優しくするから安心して」と言ったから、完全に安心しきっていたのに──。
「最初はそのつもりだったんだけど……その……」
言って、史乃はブックカバーのついた本の方を見た。
あれは確か、史乃がお爺ちゃんから渡された本。
「あれ……何なの?お爺ちゃんが言ってた勉強と関係あるの?」
「んっと……あれは……その……」
言いにくそうに、史乃は顔を背けた。
そんなに言いにくいものなのかな……?
「な・ん・な・の?」
「……エロ本」
……は?
お爺ちゃん、そんなのを史乃に渡してどういう──
「あの本だと、激しくしてたときの方が女の人が気持ち良さそうだったから……」
──なるほど。
つまり、本を信じたのか。
で、お爺ちゃんが言ってた「勉強しなさい」ってのは、今回のことを見越してのこと……と。
──後でお爺ちゃんに文句の電話入れよう。
「それに……」
「まだあるの?」
「してる時、紗英が『洸、洸!』って言ってくれたから、嬉しくなって。いつも『史乃』とか『あんた』だからね」
げ……。
ちょっと待って……そんなこと私言ってたの!?
「それ……本当?」
「あれ、覚えてないんだ?じゃあ無意識下でか……余計に嬉しいなぁ」
本当に幸せそうに、史乃はニコニコと笑っている。
何か恥ずかしいし……腹立つ。
大体、不公平だよ。
男の人は気持ち良いのに、女の人は痛いなんて──。
とりあえず。
「もし次優しくしなかったら、もう今後一切やらないからね」
「うん、本当にごめん」
「じゃあ出て行って、着替えるから」
「了解。それじゃリビングに行っておくよ」
軽く手を振って、史乃は部屋から出て行った。
──ふぅ。
それにしても、史乃とこんな関係になるとは夢にも思わなかったなぁ。
孤独な人と孤独の人が仲良くなり、互いに孤独ではなくなった。
今はまさにそんな感じ。
でも、元々二人は孤独だったのだから、回りに味方はいない。
それならどうするか。
選択肢は二つある。
いないのならば、作るという選択。
いないのならば、諦めるという選択。
私と史乃は前者を選んだ。
それはヒノン教と敵対する、険しい茨の道。
でも、いつかきっと結果が実る道。
私たちはそれを信じている。
私たちはそれを願っている。
だから、私たちは歩いて行く。
周囲の人に、私たちの存在を認めさせるために。
「さて……そろそろリビングへ行こう」
あいつはきっと、お腹が空いたと私に言うだろう。
そうしたら、何を作ってやろうか……あ、そうだ。
塩おにぎりにしよう。
文句は言わせない。
ちょっとしたイタズラと仕返しと──お礼の意味を込めて作るのだから。