「ん……朝……?」
珍しく早起き出来た。
時計を見れば、今は六時五十分。
いつもより三十分ほど早い。
体調は良好。
けれど、気分は最悪。
原因は考えるまでもなく、昨日の史乃。
まさかあそこまで嫌な男とは思わなかった。
そりゃ確かに最近お腹周りは気になってきたけどさ……。
あーもう止め止め。
太ったら太ったでダイエットすりゃいいんだし。
しっかし……やることないなぁ。
「二度寝しよっかな……」
三十分もあるから、それくらい余裕はあると思うし。
ゆっくりと目を閉じる。
心が安らいでいく。
眠気はすぐに襲ってきた。
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ゆっくりと目を開いた。
寝ぼけ眼で周囲を見る。
視界には入ってくるのは、愛用している枕、整頓された本棚、十時二十分を示している時計、散らばっている机など。
……え?
何か変なのがあった気がするけど……。
もう一度、周囲を見る。
愛用している枕、整頓された本棚、十時二十分を示している時計──って……これか。
遅刻かぁ。
まぁ大した問題じゃないけども……さすがに今日は休まない方がいいかな。
一昨日は早退、昨日は欠席。
今日休んだら、数学とかが全く意味不明になりそうだし。
でも面倒だなぁ。
……はぁ。
「恋の三分の一でも頭が良ければ、三日くらい休んだってどうってことないのに……」
とりあえず、制服に着替えよ。
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学校に着いたとき、時刻は十時三十七分だった。
ふぅ、なんとか三限目には間にあったぁ……。
靴を履き替えて教室へと走る。
もうすぐ授業が始まるからか、誰にも会わずに教室へと着いた。
教室の中ではワイワイと賑やかな声が聞こえる。
ドアを開ける──それと同時に、教室は一瞬で沈黙に包まれた。
クラスのみんなの視線は私に集中している。
「うっわ、そんなに見ないでよー。ちょっと遅れただけなのに、恥ずいじゃん」
軽いノリで言ったんだけど、それでもみんなは私を見てる。
それも、変な物を見るような目で。
なんか……嫌だな。
「来たよ……」
誰かが言った。
それがきっかけになったのか、全員が小さな声で近くの人と話し始めた。
「呪われた子だぜ」
「汚らわしい……」
「学校になんか来るなよ」
「あんまり近寄るな、あの呪いは感染るらしいぜ」
呪われた子……?
何のことだろ。みんな私の方見てるけど……。
じゃあ私が呪われた子?
呪いって……何?
判らない。
判りたくない。
みんなが私を見てる。
みんなが私を汚物でも見るような目で見てる。
いや……訂正。
二人……違う、三人だけが違う目で私を見てる。
亜紀と恋。
二人は悲しそうな目をしていた。
こっちに話しかけるべきか話しかけないべきかを悩んでるような、そんな表情。
もう一人、史乃。
こいつはもっと変な顔をしてる。
二人よりも辛そうで、それでいて怒っているように見える。
訳判んない。
カサ、という音がした。
見れば、プリントが足に当たっていた。
──拾うな。
拾わない方が良い気がした。
けれど拾う。
腰をかがめて、プリントを拾った。
くしゃくしゃになっているから読めない。
──広げるな。
本能が危険を察知している。
見たら戻れないと言ってきている。
でも見ないと何も判らない。
だから広げる。
一気に広げはせず、ゆっくりとしわを伸ばしていく。
広げきった。
内容が見える。
河見紗英は呪われた子。
真っ先にその文字が目に飛び込んだ。
ドクン。
脈拍が上がる。
下に書いてある文を読む。
現在、あり得ないはずの『生理』が起こっている河見紗英は呪われた子だ。
呪いの原因は調べているが、もしかしたら人為的な『何か』があるのかもしれない。
ドクンドクン。
もし人為的な『何か』がある場合、感染するという可能性もある。
必要以上の接触は避けるべし。
ドクンドクンドクン。
また、自身が『生理』であることを理由に、穢れた行為に走る可能性が高い。
否、もう既に走った可能性すらある。
そういった事実や噂の情報を手に入れた場合、下記の住所に連絡を入れること。
ドクンドクンドクンドクン......
ヒノン教は穢れた行為を許さない。
最後にはそう書いてあった。
「……はは」
あまりに突然すぎて笑ってしまう。
「はははは……あはは」
なんだ、心配してたのが馬鹿みたい。
「はははははははははははは」
亜紀や恋に隠すとか、そういう問題じゃなくて──
「はははははハハハハハハハ……」
つまりは、もうバレてたんだ。
どうしようもない。
どうりで、みんなあんな目で私を見る訳だ。
なるほどね。
確かにヒノン教側としては、私みたいなのは呪われた子か。
生殖機能が完全に潰えていれば、ヒノン教の思想は完璧なものになるのだから。
どうやって生理のことをヒノン教側が知ったのか。
そんなことはどうだっていい。
問題は
これから
どうやって
生きていけばいいのか。
ハッキリ言って、これから一生あんな目で見られるのに耐えれる自信はない。
でも、耐えるしか──ない?
これに耐えることは、これからたった一人で生きていくのと同義だろう。
一番楽なのは……自殺?
……嫌。
なりたくてこんな状況になったんじゃないんだから。
それに穢れた行為さえしなければ、これ以上は悪くならない。
したら多分、殺されるだろう。
そう──魔女狩りのように。
今のヒノン教の力は、警察の力よりも強い。
もし私が殺されても、警察はヒノン教からの圧力でただの事故として扱うだろう。
──帰ろう。
もう勉強なんて気にするだけ無駄になったし。
どんなに頑張っても、多分大学には行けないだろうから。
教室を後にする。
何となく携帯を見ると、二通のメールが来ていた。
一通は恋から。もう一通は史乃から。
内容は全く一緒だった。
「今日は休んで」
メールは寝てる間に届いていたみたいで、二通とも一限目が終わってすぐに送られていた。
もし、メールのことに気がついていたら。
もし、勉強のことなんか気にせず休んでいたら。
……いや、あんまり変わらないか。
この状況に多少覚悟が出来たかもしれない、という程度の差。
どうせ、もうどうしようもないのだから。