「ん……朝……?」

珍しく早起き出来た。

時計を見れば、今は六時五十分。

いつもより三十分ほど早い。

体調は良好。

けれど、気分は最悪。

原因は考えるまでもなく、昨日の史乃。

まさかあそこまで嫌な男とは思わなかった。

そりゃ確かに最近お腹周りは気になってきたけどさ……。

あーもう止め止め。

太ったら太ったでダイエットすりゃいいんだし。

しっかし……やることないなぁ。

「二度寝しよっかな……」

三十分もあるから、それくらい余裕はあると思うし。

 

 ゆっくりと目を閉じる。

 

       心が安らいでいく。

 

            眠気はすぐに襲ってきた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ゆっくりと目を開いた。

寝ぼけ眼で周囲を見る。

視界には入ってくるのは、愛用している枕、整頓された本棚、十時二十分を示している時計、散らばっている机など。

……え?

何か変なのがあった気がするけど……。

もう一度、周囲を見る。

愛用している枕、整頓された本棚、十時二十分を示している時計──って……これか。

遅刻かぁ。

まぁ大した問題じゃないけども……さすがに今日は休まない方がいいかな。

一昨日は早退、昨日は欠席。

今日休んだら、数学とかが全く意味不明になりそうだし。

でも面倒だなぁ。

……はぁ。

「恋の三分の一でも頭が良ければ、三日くらい休んだってどうってことないのに……」

とりあえず、制服に着替えよ。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

学校に着いたとき、時刻は十時三十七分だった。

ふぅ、なんとか三限目には間にあったぁ……。

靴を履き替えて教室へと走る。

もうすぐ授業が始まるからか、誰にも会わずに教室へと着いた。

教室の中ではワイワイと賑やかな声が聞こえる。

ドアを開ける──それと同時に、教室は一瞬で沈黙に包まれた。

クラスのみんなの視線は私に集中している。

「うっわ、そんなに見ないでよー。ちょっと遅れただけなのに、恥ずいじゃん」

軽いノリで言ったんだけど、それでもみんなは私を見てる。

それも、変な物を見るような目で。

なんか……嫌だな。

「来たよ……」

誰かが言った。

それがきっかけになったのか、全員が小さな声で近くの人と話し始めた。

「呪われた子だぜ」

「汚らわしい……」

「学校になんか来るなよ」

「あんまり近寄るな、あの呪いは感染(うつ)るらしいぜ」

呪われた子……?

何のことだろ。みんな私の方見てるけど……。

じゃあ私が呪われた子?

呪いって……何?

判らない。

判りたくない。

みんなが私を見てる。

みんなが私を汚物でも見るような目で見てる。

いや……訂正。

二人……違う、三人だけが違う目で私を見てる。

亜紀と恋。

二人は悲しそうな目をしていた。

こっちに話しかけるべきか話しかけないべきかを悩んでるような、そんな表情。

もう一人、史乃。

こいつはもっと変な顔をしてる。

二人よりも辛そうで、それでいて怒っているように見える。

訳判んない。

カサ、という音がした。

見れば、プリントが足に当たっていた。

 

──拾うな。

 

拾わない方が良い気がした。

 

けれど拾う。

 

腰をかがめて、プリントを拾った。

くしゃくしゃになっているから読めない。

 

──広げるな。

 

本能が危険を察知している。

 

見たら戻れないと言ってきている。

 

でも見ないと何も判らない。

 

だから広げる。

 

一気に広げはせず、ゆっくりとしわを伸ばしていく。

広げきった。

内容が見える。

 

河見紗英は呪われた子。

 

真っ先にその文字が目に飛び込んだ。

 

ドクン。

 

脈拍が上がる。

下に書いてある文を読む。

 

現在、あり得ないはずの『生理』が起こっている河見紗英は呪われた子だ。

呪いの原因は調べているが、もしかしたら人為的な『何か』があるのかもしれない。

 

ドクンドクン。

 

もし人為的な『何か』がある場合、感染するという可能性もある。

必要以上の接触は避けるべし。

 

ドクンドクンドクン。

 

また、自身が『生理』であることを理由に、穢れた行為に走る可能性が高い。

否、もう既に走った可能性すらある。

そういった事実や噂の情報を手に入れた場合、下記の住所に連絡を入れること。

 

ドクンドクンドクンドクン......

 

ヒノン教は穢れた行為を許さない。

 

最後にはそう書いてあった。

「……はは」

あまりに突然すぎて笑ってしまう。

「はははは……あはは」

なんだ、心配してたのが馬鹿みたい。

「はははははははははははは」

亜紀や恋に隠すとか、そういう問題じゃなくて──

「はははははハハハハハハハ……」

つまりは、もうバレてたんだ。

どうしようもない。

どうりで、みんなあんな目で私を見る訳だ。

なるほどね。

確かにヒノン教側としては、私みたいなのは呪われた子か。

生殖機能が完全に潰えていれば、ヒノン教の思想は完璧なものになるのだから。

どうやって生理のことをヒノン教側が知ったのか。

そんなことはどうだっていい。

問題は

 

これから

 

  どうやって

 

     生きていけばいいのか。

 

ハッキリ言って、これから一生あんな目で見られるのに耐えれる自信はない。

でも、耐えるしか──ない?

これに耐えることは、これからたった一人で生きていくのと同義だろう。

一番楽なのは……自殺?

……嫌。

なりたくてこんな状況になったんじゃないんだから。

それに穢れた行為さえしなければ、これ以上は悪くならない。

したら多分、殺されるだろう。

そう──魔女狩りのように。

今のヒノン教の力は、警察の力よりも強い。

もし私が殺されても、警察はヒノン教からの圧力でただの事故として扱うだろう。

──帰ろう。

もう勉強なんて気にするだけ無駄になったし。

どんなに頑張っても、多分大学には行けないだろうから。

教室を後にする。

何となく携帯を見ると、二通のメールが来ていた。

一通は恋から。もう一通は史乃から。

内容は全く一緒だった。

「今日は休んで」

メールは寝てる間に届いていたみたいで、二通とも一限目が終わってすぐに送られていた。

もし、メールのことに気がついていたら。

もし、勉強のことなんか気にせず休んでいたら。

……いや、あんまり変わらないか。

この状況に多少覚悟が出来たかもしれない、という程度の差。

どうせ、もうどうしようもないのだから。

 

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