家に帰ると、真っ先にお風呂へと向かった。

史乃と話してる時は気がつかなかったけど、日向で話していたから汗が凄かったのだ。

父親も母親も仕事で夜までは帰ってこないから、ゆっくりと入ることが出来る。

汗でベトベトになった服を脱いでいく。

その時

「──え?」

血が流れているのに気がついた。

流れているのは股から。

パンツは赤黒く染まっていて、気持ち悪い。

急いで脱いで、シャワーを浴びた。

怪我でもしたのかなぁ……。

けれど、どこにも傷など見あたらない。

というより、血は膣の内部から流れ出ているようだった。

量はそれほど多くない。

けれど痛みも何もない分、それは不気味だった。

病気……?

嫌な考えが脳を過ぎる。

首を左右に強く振ってその考えを消しても、また同じ考えが浮かんでしまう。

──どうしよ。こんな病気、聞いたこともないよ……。

一種の奇病かもしれない。

ならば、早めに病院へ行った方がいいのかも……。

でも、その前に親に相談すべきだろうか──いや、無駄かな。

今まであの親に、本当の意味で心配をして貰ったこと、ないもんね。

仕事ばっかり気にするお父さんと、世間体ばっかり気にするお母さん。

そんな二人に相談をするくらいなら、お爺ちゃんにするべきだろう。

医者をしていたことがあったはずだし、何より優しい。

──うん。そうしよ。

亀の甲より年の功、年寄りの知識とかは大事だよね。

携帯を取り出して、お爺ちゃんの家に電話をかける。

 

プルルルル......

 

電子音がうるさい。

早くお爺ちゃん出てくれないかな。

 

プルルルル......

 

まだかな。

……あ、電波悪いのかも。

一応アンテナは立ってたけど……。

 

プルルルル......

 

玄関から外に出た。

無意味かもしれないけど、とりあえず待つ、という行為は嫌いなので出た。

 

ガチャ

 

受話器を取る音。

「あ、もしもし。お爺ちゃん?」

あっちが何かを言う前に言った。

お婆ちゃんはもう他界しているので、電話の相手はお爺ちゃんしかいないのだ。

「あぁ、紗英か?どうした?お前から電話をしてくるなんて珍しい」

「うん、実は、さ──」

とりあえず、風呂場で判ったことだけをザッと伝えた。

伝え終わってから数秒間を置いて

「それを、儂以外の誰かに話したかい?」

返ってきたのは、緊張の張りつめた声だった。

ホントに奇病なのかも……あうぅ、本気で不安になってきたぁ。

とりあえず、質問にはううん、と答える。

すると、今度は安堵の吐息が聞こえた。

「いいかい?それは誰にも言ってはいけないよ。例えお母さんやお父さんにでも、ね」

「いいけど、お爺ちゃんはこれが何なのか判るの?もしかして、何か怖い病気?」

声が少し震える。

私ってこんなに臆病だったのかな。

「いいや、病気じゃないよ。それは生理だ。今生きてる女性では、もうないと思っていたんだけれど……。

不思議だね。どうして紗英にそんなことが起きたのか……」

……はい?

「ちょっと待って、お爺ちゃん。生理って言った?私が?

どうして生物の教科書に載ってるような状況になってるの!?」

思わず声を荒げてしまう。

でも、不可解な言葉を聞いてしまったのだから仕方ない。

生理、それに関する知識は少しはある。

生物の授業で、昔の人々が行っていた『穢らわしい』子供の作り方を一応習ったのだ。

確かに、今の状況は生理と酷似している。

けれどさっきお爺ちゃんが言っていたように、もう今生きてる女性で生理になった、という人はいない。

お爺ちゃんの親の代で、ほんの少しいた程度のはずだ。

「落ち着きなさい。生理用ナプキンなら、古いのだけどうちに残ってたはずだからね。

明日、学校は休んで取りに来なさい。

それと、そのことを知って快く思わない信者がいるだろうから、決して誰にも言ってはいけないよ」

「うん、判った。それじゃあ明日行くね。お昼頃でいい?」

「あぁ。しつこいようだけど、くれぐれも誰にも言わないようにね」

「ん、ありがとうね、お爺ちゃん。それじゃバイバイ」

電話を切る。

お爺ちゃんが言った、誰にも言うな、という台詞が重く心にのしかかった。

それは──亜紀や恋にも言ってはいけないってことかぁ。

今まで、あの二人にだけは隠し事は一切しなかったんだけど……。

親や先生、他の友人には黙っていても、あの二人には相談するなりしていたのだ。

多分、何かを隠してるということはすぐにばれるだろう。

特に恋は、こちらのちょっとした変化に気がつくほど鋭い。

はぁ──。

溜息が出る。

あの二人に追及されたら、隠し通す自信ないなぁ。

それと──。

一瞬、頭の中を、あいつが占領した。

──って何考えてんだろ。今は人のこと気にしてる余裕ないってのに。

そう、余裕はない。

どうしてこうなったのか。

気になるけれど、なったものは仕方がない。

幸い、ちょっと血が出る程度なんだし、病気でもない。

とりあえず、ばれなければいいのだ。

ばれたら──どうなるのかな。

みんな、いつも通り接してくれるかな?

いつも通りじゃなかったら──。

止めた。

こんなことウジウジ考えてても仕方ないし。

チラッと携帯で時刻を見た。

まだ一時半……か。

暇だなぁ。

……寝よ。

自室のベッドが愛しい。

史乃のベッドが悪いという訳ではないけれど、やっぱり最も居心地が良いのは自分の部屋のベッドだ。

悩みがあるときは考えることを放棄して、いつも横になったベッド。

あそこはとても落ち着く。

落ち着いて寝て、目が覚めたらゆっくり考えよう。

そうすればきっと、何か変わっているから──。

 

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