私がアンパンを食べ終わってから少しして、史乃もお弁当を食べ終わった。

史乃はお弁当を鞄に詰めると──鞄を担いで、教室を出て行った。

……げ。

まさか本当にサボるとは……。

私も急いで荷物をまとめて、鞄の中につっこむ。

まだ出て行ったばかりだから、すぐ追いつくはず。

鞄を引っ掴むと、教室のドアを荒々しく開けた。

史乃は──いない!?

移動早すぎでしょ。

でもここまでして諦めたら情けないし……。

はぁ。

鞄を担いだってことは、早退ってことだし──。

校門に行ってみるかなぁ。

とりあえず階段を駆け下りて、ダッシュで下駄箱まで向かう。

走った理由はよく判らなかった。

多分、意地なんだと思う。

ただの噂にしろ、噂には原因があるんだから。

それをこの目で確かめたい、という意地。

私が気にしてどうなる、という訳じゃない。

でも、気になったんだから仕方ない。

靴を履き替えて、校門に行った。

人はそんなに多くない。

けれど、史乃の姿は見あたらなかった。

どうしよ……。

先に帰ったなら急いで追わないと……けど、もしまだ学校ならここにいれば会えるし……。

ええい、どうにでもなれっ!

私は全力疾走で、校外へと飛び出した。

史乃が外に出たかどうかは判らない。

直感。

それを信じて、ひたすら走った。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

結論から言って、外に出たのは正解だった。

でも、走る必要は全くなかった。

学校から史乃の家へ行く途中の公園。

史乃はそこのベンチに座って、遊んでいる子供たちをのんびりと見ていた。

もう夏も終わりだと言うのに、日は射すように強いし、地面に籠もった熱は辺りを蜃気楼のように見せている。

木陰にあるベンチもあるのに、なぜか史乃は日が当たるベンチに座っている。

暑くないのかな、とは思わない。暑いに決まってるのだから。

いや、もしかしたら熱いのかもしれない。

それでも、史乃は汗一つ流さずに子供たちを見ていた。

「何してるの?授業サボってこんなとこで」

史乃は、河見さんもサボってるじゃないか、とは言わなかった。

ただ笑って

「子供を見てるんだ」

と言った。

デジャビュ。

そう言えば前も、こいつは似たようなことを言っていた。

あの時は星だったかな。

「それで?子供を見て何か思うことでもあったの?」

ホントは、訊く必要はない。

きっと思っているのだろう。

今のこいつはあの時と全く同じ顔をしている。

届かない物を見つめていて、けれど実際に見ている物はそれじゃなくて。

抽象的な何かを、身近にあって似ている物を見ることで見ている。

端から見れば、幸せそうに惚けてるように見える。

けれど、こいつは幸せな訳じゃない。

こいつにとって大切な疑問、それを頭をフル回転させながら考えているのだから。

「うん。子供って……さ。どんな時が一番子供らしいのかな?」

ほら、やっぱり。

さて、またがらにもないこと言うかな。

「そりゃやりたいことやってるときじゃない?

何にも縛られずに自由にやってられるのは、子供くらいだし」

「へぇ、遊んでるとき、じゃないんだ?」

「それも入るでしょ。無理矢理遊ばさせられてる子供なんていないでしょ」

史乃はふぅん、と言って、それから黙ってしまった。

耳に入ってくるのは子供の声のみ。

……何でこんなことしてるんだろ。

授業をサボってこのクソ熱い中、史乃と一緒にジッと子供を見てる。

情けない。

そう思っていると、ピンクのゴムボールがコロコロと転がってきた。

五歳くらいの子供がボールを追って走ってくる。

史乃は何も言わず、ボールをその子に向かって軽く転がした。

子供はボールを拾うと、ありがとう、と言って遊びに戻った。

その子が遊ぶ様子を、何となく見ていたとき

「河見さんてさ」

不意に、史乃が話しかけてきた。

「何?」

「おもしろい考え方するんだね」

……ほぉ。

これは馬鹿にされてるってとっていいのかな?

せっかくこっちなりの意見を言ってやってるのに、こいつは恩を仇で返すか。

なるほどなるほど……。

「勘違いして怖い顔してるから弁解しとくけど、馬鹿にしてる訳じゃないよ?

ただ、俺とは考えが全く違うなって」

「ふぅん……まぁそういうことで許しといたげる」

「うん、ありがと。──そういえば、河見さんはこんなとこで何してるの?」

あぁ……そうだった。

当初の目的、九割くらい頭から抜けてたや。

「ちょっと、ね。ねぇ史乃、あんたいつも『思想』の授業サボってるってホント?」

「あぁ、そのこと?──ホントだよ」

言って、史乃は悲しそうな顔をした。

だけど、そんなの気にしててはいけない。

気にしたら、その理由が訊けなくなるから。

「どうして?」

だけど、史乃は子供っぽい笑みを浮かべて

「秘密。俺の彼女になったら教えてあげるよ」

と言った。

「笑えないギャグ言うなって言ったはずだけど?」

「ギャグじゃないよ」

「つまり教える気はないってこと?」

「河見さんが付き合ってくれないならそうなるね」

史乃はクスクスと笑っている。

こいつ……性格悪いわ。

「それで、付き合ってくれるの?くれないの?」

「つ……付き合うかこの馬鹿!」

叫んで、その場を離れた。

何か腹が立つので、冷静になるために顔を洗おうと公衆トイレに入る。

そして鏡を見て、気がついた。

「何でこんなに顔真っ赤にしてるんだろ……」

史乃と会う前は至って普通だった。

ここから想像出来るのは──怒りすぎ、か。

気温が馬鹿みたいに高いから、余計に怒りやすいのかもしれない。

でも、それにしたって史乃の性格は悪い。

あいつが誰かと話してるのを見ないの、あの性格が関係してるんじゃないかな……。

ま、とりあえずは噂はホントっていうことが判ったし──って、しまった。

ヒノン教反対派かどうか訊くの忘れてた……。

仕方ない、諦めよう。

これ以上あいつと話しても、ストレス溜まるだけだもんね。

 

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