その日の授業内容は、あまり頭に入ってこなかった。
頭の中は、もっと別なことで埋め尽くされていた。
別なこととは、今朝話した噂のこと。
噂は噂、なんていうふうに、割り切ることが出来なかった。
だから──
河見さん
何となく窓の外を見つめて──
河見さん
ただぼんやりと──
聞いてるんですか?
噂が本当なら──
河見さん
どうして史乃は『思想』の授業だけサボるのかと──
「ちょっと、聞いてるんですか?」
肩を叩かれて、頭の中が少し晴れた。
声は近くから聞こえる。
周りを見れば、みんなが私の方を見ていた。
授業中なのにどうしたんだろ。みんな不真面目だなぁ。
「河見さん、起きてますか?」
再度肩が叩かれた。
声のした方を見れば、数学の先生が横に立っている。
「ボーッとしてちゃダメですよ。はい、あの三番の問題の答えは?」
何てことだろう。
不真面目なのは自分だった。
思わず顔が赤くなる。
しかも授業をちゃんと聞いていなかったので、先生が指さした問題の意味すら判らない。
恥ずかしい。
でも、言わないと何も進まないのは明白だった。
──後で誰かのノート写させて貰お。
とりあえず覚悟を決めて、私は口を開いた。
「判りません」
先生はふう、と溜息をついて、今度は私の後ろの席の人を当てた。
簡単な問題だったのか、それとも先生を無視しすぎたのか、辺りではクスクスという笑い声が聞こえる。
……はぁ。
何で私、史乃なんかにペース崩されてるんだろ……。
何となく、チラッと史乃の方を見た。
数学の授業だからだろうか?
別に居眠りはしていないし、板書もしっかりとノートに写している。
そういえば、今日の五、六限目は『思想』だっけ……。
その時に噂が正しいのか判るかな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
キーンコーンカーンコーン.....
聞き慣れたチャイムの音が、四限目の終わりを告げた。
「起立、礼」
恋の号令で挨拶をする。
その後は皆することがバラバラ。
お弁当を机の上に広げる人、さっきの授業で判らなかったことを先生に訊きに行く人、学食へ行く人、
前の休憩で早弁していてさっさと遊びに行く人、授業が終わったことにも気付かず爆睡してる人、携帯をいじくる人。
私は史乃の席へと目を向けた。
史乃は自分の席で、お弁当を食べている。
朝、自分の分は作ってたのかな。
とりあえず、こっちも前もって買っておいたパンを食べようとした──が、
「紗英、学食行こぉ」
恋が来た。
後ろには亜紀もいる。
「今日お弁当忘れちゃってさー」
言って、テヘヘ、と恋は舌を出した。
何て言うか、可愛らしい。
狙ってやってるならただの嫌な女だが、素でやってるから憎めない。
「ね、付き合ってよ。お願い」
両手を重ねて、無邪気な笑みを浮かべる恋。
動作の一つ一つが、見てる人を和ませる。
まぁ言ってみれば、癒し系のキャラだ。
いつもならこの押しに負けるんだけど──。
いかんせん、今日はあいつを監視しないと。
もし『思想』の授業をサボるなら、多分昼食を食べた後に移動するだろうし。
目を離してる間にいなくなったら──見つけられないだろうなぁ。
「ごめん、今日はノンビリ教室で食べたい気分なんだ」
「そっか、じゃあ明日は一緒に食べようね」
「ん、さっさと行ってきなさい。急がないと日替わり定食売り切れるよ」
「うん、それじゃね」
バイバイ、と手を振りながら走っていく恋。
全く……昼休み終わったらまた会えるってのに。
苦笑を浮かべながら、アンパンを食べる。
……うん、購買のアンパンはやっぱりおいしい。