「おはよ。亜紀(あき)(れん)

学校に着くと、私は既に来ていた友達に声をかけた。

笑っているショートヘアーの子が亜紀、悪いことなど知らないような無垢な顔をしているポニーテールの子が恋だ。

他にも友達はいるけど、この二人との仲が一番良いので大抵、私を含めて三人で行動している。

「やっほー、昨日はよく寝れた?」

意地悪い顔で訊いてくる亜紀。

それも、あんまり訊いて欲しくないことをピンポイントで……。

さて、どこまでホントのことを言うかな……。

寝過ぎたってことを言えば、門限のこと知ってる二人には怪しまれるし……。

仕方ない。

「まぁまぁかな?何とか門限までには帰れたしさ」

「え?」

私の言葉に、恋が反応した。

「昨日、宿題のことで電話したんだけど……紗英のお母さんが、門限破った娘は閉め出したって……」

あっちゃー……。

思わず頭を抱えてしまう。

何でこんな時に電話してるかなぁ……。

「あ・れ・れ・れ・れ〜?じゃあさっきのは嘘なのかなぁ?ホントは昨日はどうしたの?」

亜紀が詰め寄ってくる。

恋も、心配そうな顔で見つめてきている。

これはまずいなぁ……。

ガラララ......

教室のドアが開けられた音がした。

気まずかった私は、思わず二人から目を逸らしてドアの方を見る。

すると視界に入ってきたのは──ちょうど教室に入ってきた史乃だった。

しかも、目が合っちゃったし……。

あーっと……あっちはあっちで気まずいなぁ……。

「教えてよ〜、昨日はどうしたの?」

亜紀が私たちの間に入ってきた。

お陰で、自然と史乃から目を離せれる。

……まぁ今度は亜紀と目が合う訳なんだけどね。

「ねぇ、紗英。誰の家に泊めて貰ったの?まさか野宿なんてしてないでしょ?」

今度は、恋が訊いてきた。

あうぅ……そっとしておいて欲しいなぁ。

史乃の家に泊まったなんて、あんまり言いたくないし。

「河見さんは野宿してないよ。俺の家に泊まったから」

……え?

声は意外な方向からした。

まぁ誰が言ったのかは判ってるけど……なんであんたがばらすかなぁ。

亜紀と恋なんて、目を点にして史乃を見てるし……。

しばらくの間、二人は行動──いや、もしかしたら生体反応すらも停止させていたかもしれない。

それくらい、完全に動きを止めていたのだ。

「え……っと……亜紀、恋、起きてる?」

あまりに動かないので、私は二人の目の前で手を振りながら話しかけた。

それがきっかけになったかのように、二人は同時に動き出して──。

──亜紀が私の左腕、恋が私の右腕を掴んで、教室から飛び出した。

当然ながら、私も二人に引きずられるようにして教室から出る。

それにしても凄いコンビネーション。

一卵性双生児だって今みたいな動きは出来ないだろうなぁ。

「紗英紗英さえさえサエサエさええさえさえさ餌〜!」

亜紀は気が動転してるらしく、謎の言葉を口走っている。

餌?お腹でも空いたのかなぁ?

……まだ一時間目すら始まってないのに。

「ああああ亜紀ちゃんおおおお落ち着いて、ししし深呼吸を……」

「いや、恋。あんたもだから。はい、二人とも吸ってー、吐いてーもう一回吸ってー、吐いてー」

とりあえずまともな会話を成立させるために、私は二人に的確な指示を出した。

……恋の指示みたいなものだけど、恋も気が動転してたから私の指示ってことで。

深呼吸をして落ち着いたのか、亜紀は真剣にこっちを見ていて、珍しく恋も真剣な目をしている。

「ね、さっきのホント?」

恋は周りに聞かれないように、小さな声で言った。

聞かれても大したことないと思うんだけどなぁ。

「史乃の家に泊まったってこと?だったらホントだけど──」

ガシッ、と亜紀がこっちの腕を掴んできた。

「ねぇ、変なことされてない?」

もう、二人ともどうしたんだろ……って、え?

「変なことって何?」

思わず真顔で訊き返してしまう。

「いや……その……だから……なこととか」

顔を真っ赤にして、亜紀は答える。

でも、一番重要なとこで声が小さいから全く聞き取れないし。

恋の方を見ると、恋まで顔を赤くして下を向いている。

「何?聞こえないよ、亜紀」

「だから、……ちなこと」

……?ちなこと?

日本語?

「亜紀、もっかい」

「だから、エッチなこと」

あぁ、エッチなことね。

顔真っ赤にした理由はそれか。

「される訳ないじゃん、亜紀、熱でもあるの?」

心配半分、呆れ半分で言った私に対して、恋が亜紀の肩を持った。

「亜紀ちゃんは、紗英の心配してるんだよ。その……史乃君の良い噂、あんまり聞かないからさ」

「そりゃそうでしょ。ていうか、史乃の噂自体聞いたことないし」

毒にも薬にもならない奴だからね、と心の中で付け足す。

本人はここにはいないけど、まぁ念のためってことで。

「そっか……紗英知らなかったんだ?ってか知ってたら、史乃の家に泊めて貰おうとは考えないよね」

何のことだろ。

そう思うのと同時かそれより早いか、自分の意志とは関係なく、口が開いていた。

「史乃に何か変な噂でもあるの?」

「あーうん、まぁ噂だからなんとも言えないんだけどね。

実は、史乃はヒノン教反対派じゃないかって。みんな面だっては言わないけど、裏では結構言われてる」

「ふーん、根拠は?」

「『思想』の授業の時、あいついつも寝てるかサボるかしてるから。

それでも単位取ってるから何とも言えないんだけどね」

ふむ……でもそれって反対とは限らないんじゃ……。

私だって、正直に言うと完全な信者ではない。

ただ親がそうだし、世間体とかを考えるとちゃんとしないといけない。

といった理由で、真面目な信者の真似だけをしてるのだから。

「まぁ噂は噂だよね。現に紗英は何もされてないんだし、気にしなくてもいいんじゃないかな?」

恋が笑顔で話を終わらせようとする。

多分、私が何もされていない、と判っただけで十分なのだろう。

元々陰口とか噂とか、あんまり好きじゃない子だからね。

早くこんな話終わらせたいんでしょ。

「ん、じゃあ教室戻ろ。もうちょっとで先生来るだろうし」

恋に同意して、のんびりと教室に戻った。

 

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