「……え……紗英(さえ)、紗英」

誰かが私を呼ぶ声がする。

人がせっかく気持ちよく寝ているというのに……。

「もうちょっと……寝させて」

開きたくない口を開いて、それだけ言った。

「もう……知らないよ?」

誰だろう。女性の声。

亜紀の声に似てるけど……まぁいいや。もう声はしない。

意識は再度、闇の中に落ちていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ん……」

目が覚めて、私はゆっくりとのびをした。

寝ぼけ眼で辺りを見渡す。

まず最初に見えたのは机と椅子と黒板。

どうやら学校で爆睡していたらしい。

不思議なことに、物音が全く聞こえない。

窓の外を見た。

……暗い。

「え……?」

今度は焦って時計を見る。

十一時二十四分。朝?いや、暗かったのだ。朝の十一時のはずがない。

つまりは夜の十一時二十四分。

ちなみに家の門限は夜の八時。

まずい。非常にまずい。

あの親は、門限を一秒でも越えると家に鍵をかけて、私を閉め出す。

遊びすぎた場合は友達の家に泊めて貰うのだが、今回は泊めてくれる友達がいない。

野宿なんて十七歳でしたくない。

「どうしよ……」

「何が?」

声は後ろから聞こえた。

振り返れば、男子が一人。

こいつは……えっと……名前が思い出せない。

確か同じクラスだったと思うが……。

顔は悪くないのだが近づきにくいタイプ。

こいつが他の人と話しているのを、私は見たことがない。

「あんた……誰だっけ?」

失礼な質問かもしれない。

だけど知らないものは知らないし、一応知っておかないと呼ぶときに困る。

そんな質問に、彼は笑って答えた。

史乃(ふみの)(こう)。まだ覚えて貰えてないみたいだね、河見(こうみ)さん」

ああ、そうだ。史乃だ。

よし、スッキリした……じゃなくて、この現状をどうにかしないと。

そういえば──。

「どうして史乃君はこんな時間に学校に?」

「星を……見てたんだ」

……星?んなの家で見ろって思ったのは私だけ?

まぁ、世の中には奇人変人がいるから仕方がない、か。

「学校の望遠鏡を借りているんだ」

あぁ、なるほど。

買えよ、それくらい。

はっきり言って、最近の望遠鏡が精度が良くて安い。

シンプルなタイプで中くらいの値段のだと、二千円もあればおつりが返ってくる。

それほどまでに、最近の科学技術は発達しているのだ。

「学校から許可とった?」

「ん?とってないよ?」

おいおい……それはまずいんじゃ……。

思わず溜息をつく。

その時、風が吹いた。

窓が開いているので、冷たい風が頬を撫でる。

風でカーテンがたなびき、月光が教室内を満たしていく。

細くて柔らかい光が、史乃の顔を照らした。

教室の蛍光灯が放つものとはまた違う、幻想的な光。

それは不思議と史乃に似合っていて──。

「俺の顔に何かついてる?」

「いや、別に」

変な男。どうもよく判らない。

「星ってさ」

唐突に史乃が言った。

「自分自身で光っているのはほとんどないよね。それって悲しいと思わない?」

はぁ?

そんなの知ったことじゃない。

史乃は何が言いたいんだろ……。

「何かに照らされないと、自分の存在に気づいて貰うことも出来ないんだ」

「そんなの知らないって。大体、ホントに気づいて欲しいのなら自分から輝かなきゃ」

って私何言ってんだろ……馬鹿みたい。

がらにもないことを言ってしまった。

あーあ、明日は雨かな……。

突然、史乃が笑い出した。

微笑むようにではない。

声は殺しているが、腹を抱えて爆笑している。

笑われたことに対する怒りはなかった。

ただ、史乃がこんな笑い方が出来ることを可愛いと感じたくらい。

「河見さん、おもしろいね。

そっか、自分から輝く……ありがとう、悩みが一つ解決したよ」

 

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