「……え……紗英、紗英」
誰かが私を呼ぶ声がする。
人がせっかく気持ちよく寝ているというのに……。
「もうちょっと……寝させて」
開きたくない口を開いて、それだけ言った。
「もう……知らないよ?」
誰だろう。女性の声。
亜紀の声に似てるけど……まぁいいや。もう声はしない。
意識は再度、闇の中に落ちていった。
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「ん……」
目が覚めて、私はゆっくりとのびをした。
寝ぼけ眼で辺りを見渡す。
まず最初に見えたのは机と椅子と黒板。
どうやら学校で爆睡していたらしい。
不思議なことに、物音が全く聞こえない。
窓の外を見た。
……暗い。
「え……?」
今度は焦って時計を見る。
十一時二十四分。朝?いや、暗かったのだ。朝の十一時のはずがない。
つまりは夜の十一時二十四分。
ちなみに家の門限は夜の八時。
まずい。非常にまずい。
あの親は、門限を一秒でも越えると家に鍵をかけて、私を閉め出す。
遊びすぎた場合は友達の家に泊めて貰うのだが、今回は泊めてくれる友達がいない。
野宿なんて十七歳でしたくない。
「どうしよ……」
「何が?」
声は後ろから聞こえた。
振り返れば、男子が一人。
こいつは……えっと……名前が思い出せない。
確か同じクラスだったと思うが……。
顔は悪くないのだが近づきにくいタイプ。
こいつが他の人と話しているのを、私は見たことがない。
「あんた……誰だっけ?」
失礼な質問かもしれない。
だけど知らないものは知らないし、一応知っておかないと呼ぶときに困る。
そんな質問に、彼は笑って答えた。
「史乃洸。まだ覚えて貰えてないみたいだね、河見さん」
ああ、そうだ。史乃だ。
よし、スッキリした……じゃなくて、この現状をどうにかしないと。
そういえば──。
「どうして史乃君はこんな時間に学校に?」
「星を……見てたんだ」
……星?んなの家で見ろって思ったのは私だけ?
まぁ、世の中には奇人変人がいるから仕方がない、か。
「学校の望遠鏡を借りているんだ」
あぁ、なるほど。
買えよ、それくらい。
はっきり言って、最近の望遠鏡が精度が良くて安い。
シンプルなタイプで中くらいの値段のだと、二千円もあればおつりが返ってくる。
それほどまでに、最近の科学技術は発達しているのだ。
「学校から許可とった?」
「ん?とってないよ?」
おいおい……それはまずいんじゃ……。
思わず溜息をつく。
その時、風が吹いた。
窓が開いているので、冷たい風が頬を撫でる。
風でカーテンがたなびき、月光が教室内を満たしていく。
細くて柔らかい光が、史乃の顔を照らした。
教室の蛍光灯が放つものとはまた違う、幻想的な光。
それは不思議と史乃に似合っていて──。
「俺の顔に何かついてる?」
「いや、別に」
変な男。どうもよく判らない。
「星ってさ」
唐突に史乃が言った。
「自分自身で光っているのはほとんどないよね。それって悲しいと思わない?」
はぁ?
そんなの知ったことじゃない。
史乃は何が言いたいんだろ……。
「何かに照らされないと、自分の存在に気づいて貰うことも出来ないんだ」
「そんなの知らないって。大体、ホントに気づいて欲しいのなら自分から輝かなきゃ」
って私何言ってんだろ……馬鹿みたい。
がらにもないことを言ってしまった。
あーあ、明日は雨かな……。
突然、史乃が笑い出した。
微笑むようにではない。
声は殺しているが、腹を抱えて爆笑している。
笑われたことに対する怒りはなかった。
ただ、史乃がこんな笑い方が出来ることを可愛いと感じたくらい。
「河見さん、おもしろいね。
そっか、自分から輝く……ありがとう、悩みが一つ解決したよ」