○呪われた子 New Year’s Eve
小鳥のさえずりで目が覚める。
いつもは目覚ましで起きているので、こういった起き方は初めてだ。
寝ているのもベッドではなく、敷き布団。
携帯の時計で時間を確認する。
……午前八時か。
眼を軽くこすり、重たい目蓋を開ける。
まず最初に見えるのは、古い、味のある家の内装。
古いが決して汚くなく、掃除が行き届いていることがすぐに判る。
本棚、置物、椅子。
少しずつ首を動かしていき、頭の中をクリアにしていく。
机、押し入れ、そして──。
俺は横にある物体を見た。
自分のとは違う、もう一組の布団。
その布団を使っている本人は、幸せそうな顔で熟睡中。
あまりに幸せそうに微笑んでいるので、頬を少しつねりたくなってしまう。
いや、やっちゃダメだ──もしそれで起きたら、後の仕返しが怖い。
……でも柔らかくて気持ちよさそうだし……バレなきゃ……いいかな?
ゆっくりゆっくり、音を立てないように手を伸ばす。
あと少し、あと少し……。
もう少しで手が届く──というときに。
「ん……」
ターゲットは寝言を言った。
寝言と判っていても、思わず手を引っ込めてしまう。
その状態で十秒。
聞こえるのは寝息のみ。
……行ける!
もう一度手を伸ば──。
「無理!」
「うわっ!?」
……また寝言?
焦るなぁ……。
「ダメだって、そんなこと出来ないよ」
……面白いな。
どんな夢見てるんだろ?
「そんな熱くておっきいの、入れれる訳ないじゃん!」
……へ?
んと……かなり危険な夢……?
「止めてって、ちょっと……きゃああぁぁぁ!」
叫びと同時。
ターゲット──紗英は勢いよく身体を起こした。
「……って……夢かぁ……良かったぁ」
「おはよ。んと……どんな夢見てたの?」
「あ、おはよ。史乃。夢の内容……聞きたいの?」
無言で頷く。
とりあえず聞いておかないと……俺の想像通りだったなら……もうちょっと回数増やすべきかもしれないし。
「えっと……TVで、剣を口の中に入れるってパフォーマンスをした人がいて……」
うんうん。
「それを見た私が、すご〜いって言ったら、史乃がなぜか対抗心燃やしちゃって……」
へ……?
「どこからともなく真っ赤になってる鉄パイプ取り出して『見ててくれ紗英、俺はこれを口の中に入れるぞ』って……
どうしたの?頭抱えて」
……そっか。それで熱くておっきいの、ね。
ホッとしたような、ちょっとガッカリしたような……。
「私、何か変な寝言言ってた?」
「いや何も言ってなかったから気にしないでワハハハハ」
考えてたことがバレたらまずいし……何とか誤魔化さないと。
「史乃、棒読みは怪しいって……」
「き、気のせいだって」
「……声裏返ってる」
脂汗が頬を伝う。
この場……どうすべきかなぁ。
「あ!見て、紗英。空飛ぶ円盤が!」
「……馬鹿にしてる?」
ぎ……逆効果だった……。
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あ〜、絶対何か言ったんだ……。
史乃、嘘が下手だから判りやすくていいんだけど……しぶといんだよなぁ。
そうだ。
「史乃、隠してること話したらチャッパチュップスあげるよ?」
「えと……こっちの年齢考えて欲しいな」
ちっ……やっぱりダメかぁ。
諦めた方がいいかなぁ。こういう根比べはいつも負けちゃうし。
ん〜……それにしても変な夢見た。
まぁ今日が大晦日で良かったかな。
もしこの夢を見たのが明日の晩だったなら、変な初夢になってた訳だし。
とりあえず軽い溜息をつく。
力を抜いた私に対し、なぜか史乃は未だ警戒状態。
そこまで変なこと言ったのかな……。
言った可能性があることとして、夢の中の自分の発言を振り返る……なんてことが出来ればいいんだけど。
やっぱ夢で見たことってすぐ忘れちゃうなぁ。
もうあやふやにしか覚えてないや。
「紗英、起きたのか?」
あ……。
「起きてるよ、お爺ちゃん」
返事をすると、お爺ちゃんが部屋の中に入ってきた。
いつもの笑顔で、ゆったりとした私服を着ている。
「史乃君も起きていたか。この時間に起きれるのは偉いね」
うんうん、と一人頷くお爺ちゃん。
「あ、おはようございます」
名前を呼ばれて驚いたのか、史乃は慌てて挨拶をした。
「おはよう。残念だけど今日で最後だね」
言って、お爺ちゃんはポケットから袋を二つ取り出す。
ただの袋ではない。
お年玉袋だ。
学生にとっては一年に一度の臨時ボーナス。
「お爺ちゃん、それ……一日早いよ?」
「はい、こっちが紗英。こっちが史乃君だよ。またしばらく会えなくなるんだから、今の内に渡すだけだ。
それに、こんなジジイの頼みを聞いてくれたんだから、遠慮なく貰ってくれ」
むぅ……。
頼みって言っても、三日ほどお爺ちゃんの家で過ごしてくれないかっていう程度だったし、
別に何をしろとも言われなかったからなぁ……。
食事の用意とか、全部お爺ちゃんがやってくれたし。
それにしてもおいしかったなぁ。
何でも、お爺ちゃんは一時期主夫をしていたらしく、家の掃除や家事、洗濯は慣れているらしい。
主夫やったり医者やったり……案外凄いって教えられたな。
でも、寝室を史乃と同じ部屋にするのは余計だった……。
絶対他の部屋余ってるのに、大切な物置いてるだの足の踏み場がないだのと嘘をついて……。
あ〜……ホント、呆れる。
って、それはともかく……貰える物は貰うべきかな。
「ありがと〜」
笑顔で貰った私の横では、史乃が苦笑している。
貰うべきか迷ってるし……。
その状態で数秒。
このままでは埒があかないので、史乃の足を踏んだ。
「っ!?」
一瞬身体が震えたけど、何とか声を殺したのかな。
一応本気だったんだけど……やるわね。
とりあえずこちらの意思が通じたのか、更に苦い表情を濃くして、史乃もお年玉袋を受け取った。
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足の痛みに耐えながらお年玉袋を受け取ると、紗英のお爺さんはそそくさと朝食を作りに行ってしまった。
「んじゃ早速、いくら入ってるか見よ?」
お爺さんがいなくなって、最初の発言がそれか……。
嬉しいんだろうな。
「うん」
せーの、で開けた袋の中には、紙が一枚。
しかしそれは紙幣ではなく、本当にただの紙だった。
「……何これ。何か書いてあるけど……」
「うん、俺も」
書いてあるのは『玄関の植木鉢の下』という文。
……?
紗英の紙を見てみると、そっちには『二階開かずの間のタンス、上から三番目』と書いてある。
「書いてある場所を調べろってことかな?」
「かもね……お爺ちゃんも変なことするなぁ」
はぁ、と溜息をつく紗英。
何て言うか、よくあることだし諦めるか、とでも思ってるんじゃないかな……。
「あ、ところで開かずの間ってどこ?」
まずは紗英の方を見に行こうとした……のだけれど。
紗英はめんどくさそうに顔の前で手を二三回横に振り
「先に史乃の方行こ。まだ自分のを見る勇気湧かないからさ」
と言った。
ふむ……。
こりゃあんまり期待しない方が吉、かな?
「それじゃ、玄関行こっか」
とりあえず部屋から出て、左折。
居間に入り、もう片方の居間の出口から出る。
そしてまた左折すると、そこはもう玄関だ。
植木鉢は……あった。
下駄箱の上という、実に判りやすい場所に一つだけ。
「これかな?」
「多分ね。持ち上げて下を確認したら?」
ん、と頷いて植木鉢を手に取る。
期待しない方がいいとは判ってるけど……やっぱドキドキするなぁ。
胸中で「いっせーのーで」と叫び、「で」のタイミングで植木鉢を高らかに頭上へ──上げた。
下にあったのは、またしても紙と──。
「……鍵?」
どこの鍵かな?
「納屋」
へぇ、納屋の鍵なのか……って。
「よく判るね、紗英。鍵の形を覚えてるの?」
「んな変人いるわけないでしょ……この紙に書いてあるの。一言『納屋』って」
いつの間にやら、紗英の手には紙が一枚。
当然のように下駄箱の上からは紙が消えている。
全く気付かなかった……。
紗英ってたまにさり気なく凄いことするよなぁ……。
別にいいんだけど。
「納屋って……庭に置いてあるやつ?」
「そ。早く行って何があるか確認しよ」
次は……ちゃんとあるといいなぁ。
宝探しゲームみたいになるのはちょっと勘弁して欲しいし。
まぁ鍵ってことは、多分次にあるんだろうけどね。
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いちいち家の中に戻るのも無駄だし、靴を履いてそのまま外へ。
ぐるっと家の周りを半周すると、綺麗に手入れされた庭に出た。
庭の真ん中には小さいながらも池があり、小さな鯉が二匹のんびりと泳いでいる。
季節が季節だから咲いていないが、池の傍には桜の木も一本植えてあり、
春になるとお爺ちゃんはその下で花見酒を飲む。
そして、目的の納屋は庭の片隅にあった。
昔からあるのだろう。
所々錆びていて、ちゃんと開いてくれるのかすら怪しい。
……ま、こんな遠回りなことするってことは、開くって確認したんだろうけどね。
「史乃、鍵貸して」
手を差し出すと、史乃は軽く頷いて鍵を渡した。
鍵を開けるために納屋に近付き──また見つけた。
紙を。
丁度鍵の差し込み口の所に、セロハンテープで紙が貼ってある。
ただし今回はいつもと違い、ちゃんとした文が書いてあった。
私がそれを取ると、史乃は後ろから
「何て書いてあるの?」
と訊いてきた。
「えっと……『この中には先祖代々伝わってきた物が入っている。誰に渡すか悩んでいたので、お年玉の代わりに貰ってくれ』
……だってさ」
ふぅん。
うちに先祖代々伝わってきた物なんてあったんだ……。
「いいのかな?そんな大切そうなの貰っちゃって」
「いいんじゃない?あげるって言ってるんだし。それより気になるなぁ……開けて良い?」
ん、と史乃が頷くのを確認してから、納屋の鍵を開けた。
取っ手に手をかけて、軽く引く──が、開かない。
む……。
やっぱ錆びてるのかな……。
今度は思いっきり力を込めて──。
勢いよく、ドアが開いた。
な……。
「何これ……」
納屋の中に入っていたのは、本、本、本、本の山。
確かに先祖代々伝わってきたというに相応しい、かなり古そうな本も数多くある。
例えばその本が貴重な文学書だとか、貴重なデータを示した物だとか、そういったものなら良かった。
が、中にあったのは全てが同じ名称で呼ばれる物だった。
──エロ本という名称で。
見るに堪えかねて横を見れば、史乃はどういうリアクションを取ればいいのか困っている。
言いにくそうに口を開けて、紡ぎ出した最初の言葉は……
「す……凄いね」
うん。
確かに凄い。
違う意味で。
というより、こんな物を先祖代々伝えてるなんて……。
「信じられない。どんな馬鹿な家系なの……」
フォローを入れるに入れられないのだろう。
史乃は乾いた笑い声を少し出すだけ。
「……史乃」
「な……何?」
「こんな物、貰うなんて許さないからね?」
出来るだけ笑顔で、ゆっくりとそう告げる。
史乃は無言で、連続で頷き
「あ、じゃあ紗英の方見に行こう?二階の開かずの間だっけ?うわぁ楽しみだなぁ」
と言った。
……ほんっとに楽しみ。
とりあえず納屋を思いっきり閉め、二度と開かれることのないよう祈りながら鍵をかけた。
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さっき見たのが余程ショックだったんだろうなぁ……。
ずっと下を向いて、何だか聞いたらダメな感じのすることをブツブツと言っているし。
紗英の方もさっきみたいなのだったら──。
いや、止めよう。
考えるだけでも怖い。
きっと普通の物だ。
というより、普通の物であって下さい。
「ここ」
抑揚のない声でポツリと呟き、ゆっくりとドアを開ける紗英。
後ろから見ていたら、何となく黒いオーラ的な物が漂っている感じすらする。
……怖いって。
実際に言ったら裏拳とかが飛んでくるので、心の中でそっと伝える。
そして視線を紗英から外し、部屋の中を見渡した。
開かずの間。
そう呼ばれているこの部屋は、何が開かずの間なんだろう。
正直、ただの物置部屋にしか見えない。
クローゼットや段ボールがあり、紙に書いてあったのらしきタンスも一つだけある。
「史乃が見てきて。ゴミだったら何も無かったって言ってね」
来る途中そう言われたが、恐らくゴミというのはさっきの納屋の中の物のことなどを指すのだろう。
まぁ……さすがにタンスの中に本は入れない……と思いたいなぁ。
ゆっくりとタンスに近付く。
一歩、二歩、三歩。
手を伸ばせばもうタンスに触れるが、一応もう一歩前へ。
そして、上から三番目の所をゆっくりと開けていく。
ちょっと隙間が出来たが、まだ何があるか判らない。
少しずつ、少しずつ手を引いていく。
ん……これって。
見えたのは赤い布。
服……かな?
一旦引くのを止めて、深呼吸。
いっ……せー……のー……でっ!
一気に開けた。
あ……。
「紗英、ゴミどころか大当たりだ」
部屋の入口で俺をジッと見ていた紗英を手招きで呼ぶ。
ゴミじゃない、と言ったのだが、警戒しているのか牛歩で進む紗英。
はぁ……。
待ってもいいんだけど──。
タンスの中身を手に取り、紗英の目の前で拡げた。
それと同時、紗英の目の色が警戒から驚きへと変わる。
「これ……晴れ着?」
そう。
赤がベースで、淡いピンクや水色、ミルク色の花が色とりどりに描かれているそれは、まさしく晴れ着だった。
「それと、こんなのもついてた」
言って、一枚の紙と時計を見せる。
「『納屋の中の物が気に入らない場合は、こっちを持って行きなさい』だってさ」
どうやら予測……いや、計算済みだったらしい。
多分納屋の中にあるのは、ちょっとしたお茶目心だったのだろう。
「一杯食わされたね」
「うん。ほんっとに悪趣味なことするんだから……」
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「よし……準備完了」
後はこれを持って行くだけ。
さて……どっちが当たりを引いて、面白い反応をするのかな?
作った最後のおにぎりを大皿に乗せ、そのまま大皿を持ってキッチンを出る。
朝食を取った後からずっと、史乃はお爺ちゃんと将棋を指していた。
小腹も空いてきたし、暇な私はこれくらいしかやることないんだよね……。
よく判らないけど良い勝負みたいで、先ほどから「王手」という言葉が両方の声で聞こえる。
……何が楽しいんだろ。
居間のドアを開けて入ると、二人の手の動きに合わせて駒が盤に当たる音が響いてきた。
音が鳴るのは不定期で、しばらく音がしないと思ったら三連続くらい音が鳴ることもある。
集中してるのかな……二人とも、あんまりこっちのこと気にしてないや。
……そうだ。
考え込んでいる様子の史乃の背後にそっと回り、耳元で小さく
「王手飛車取りされるよ」
と言った。
「え?ど、どこ?」
慌てて盤上を注意深く見る史乃。
ただ知ってる言葉言ってみただけなんだけどな。
「紗英、そんなの出来ないよ?」
「うん。言ってみただけだから。それより小腹空いたでしょ?
おにぎり持ってきたから二人で食べて」
盤の横に大皿を置く。
「あぁ、紗英。今晩、史乃君と一緒に初詣に行ったらどうだい?
明日の朝だと人が多いし、まだ噂は完全に消えてないんだろう?」
「ん〜……私はどっちでもいいかな?史乃は?」
言って、史乃の方を見る。
まだ盤上と睨めっこしていたので、とりあえず顔を無理矢理こちらに向けさせた。
変な音がした気がするけど……気にしちゃダメだよね。
史乃は無言で数秒首を押さえて、何だか厳しい顔をしている。
「じ……じゃあ行こうか。今晩。……それまでには首治ってるだろうし」
「へ?何か言った?」
「いや、何も」
オドオドしてる史乃がおかしいのか、お爺ちゃんは苦笑。
それからお爺ちゃんは視線をようやくおにぎりに向けて、おいしそうだね、と言って手を伸ばした。
一番手前にあった、掌サイズのおにぎりを一つ掴む。
そしてそのまま口に運び……
「ぶほっ!?」
吹いた。
米粒が机と盤を汚すが、つまらないことに史乃には当たらなかった。
顔面米粒だらけっての、見てみたかったな……。
ま、でも
「早速当たり〜」
お茶を一気に口の中に流し込んでいるお爺ちゃんに、明るく告げる。
「さ、紗英……塩が利きすぎじゃないか?というより、当たりって?」
「うん、当たり。闇鍋ならぬ闇おにぎりね。明るいけど。
普通のが一番多いんだけど、たま〜に当たりがあるよ」
言い終わると、何となく二人の顔から血の気が引いた気がした。
まぁ食べる方は怖いんだろうなぁ……見てる方はすっごく面白いんだけど。
「食べないという選択肢は?」
変な汗を流しながら、変なことを訊いてくる史乃。
「そんな選択肢があるとでも?」
笑顔で告げると、史乃は肩を落とす……が、気を取り直したのか姿勢を正し
「じゃあ、当たりじゃないのがどれか教えてくれないかな?えーと……彼氏権限で」
「史乃君、それは酷いよ。それなら私にも教えてくれないか?お爺ちゃん権限で」
「残念だけど公正にするために、並べた後ぐるぐる回転させたり移動させたりしたから、
私にも判らないんだ。あ、それと中身は食べてからのお楽しみね?
ちなみにお爺ちゃんがさっき食べたのは、塩おにぎり塩分十倍だから」
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街灯の光を頼りに歩く。
辺りに人気はない。
ここを選んで正解ってとこか……。
足を止め、顔を上げれば目の前には鳥居が。
どれくらいかは判らないけど、かなり古い神社に間違いないかな?
鳥居の傷を見てそう判断する。
そして辺りを見渡すが、紗英はまだ来ていないらしい。
……ま、女の準備は長いっていうし……気長に待つかなぁ。
軽い溜息をついて腕時計を見ると、もう十一時五十分。
初詣はお賽銭を投げて祈るだけだから、長くても一分で出来るけど……残り九……いや、八分か。
長針が動いたのを見て思い直し、また軽い溜息。
拘る訳ではないけれど、日付が変わった瞬間に挨拶をして、お賽銭を投げたいと思っている。
さて……紗英はどれくらいで来るのかな?
……七分。
……六分。
……五分。
何をする訳でもなく、ただ長針をぼんやりと眺める。
残り四分。
その時、響くような足音がした。
見れば、そこには予想外の姿があった。
……現地集合がいいって、こういうことか。
夕方。
どこに初詣に行くかという話になって、紗英のお爺さんがここを勧めてくれた。
寂れているけど良い神社だ、と。
人が滅多に来ないなら都合がいいし、家から徒歩で来れる距離だという。
断る理由はなかった。
そして二つ返事で頷いた俺に、紗英はこう言ったのだ。
「現地集合でいいかな?ちょっとやることあるんだけど」
何があるのか少し気になったが、敢えて追及せずに承諾。
十一時五十分という集合時間を決めて、その後は食事をとった。
食後から紗英の姿は見ていなかったが……まさかこれの準備をしていたのかな?
目の前には、色鮮やかな晴れ着を着ている紗英がいた。
朝に、お爺さんから貰った晴れ着。
正直、ここまで紗英に似合うとは思っていなかった。
晴れ着の柄と紗英の雰囲気がよく合っていて、全く違和感がない。
「似合ってるよ。といっても、まさかこんなすぐに着るとは思ってなかったけど」
感想を述べたこちらに対し、紗英は微笑。
「これ、お婆ちゃんの形見なんだって。史乃もちゃっかり腕時計つけてるけど、それはお爺ちゃんが大事にしてた物らしいよ?」
へぇ……。
「じゃあそんな物をくれた紗英のお爺さんには更に感謝、だね。
といっても、紗英は恩を仇で返してたけど」
「あ、あれはお爺ちゃんのクジ運の悪さが……」
昼のおにぎり。
俺は全て梅や鮭など、普通の物を選んだのだが、なぜか紗英のお爺ちゃんは当たりばかり引いていた。
二個目に食べたのは、生クリーム入り。
三個目が、黒糖入り。
四個目が、大量にわさび入り。
そしてラスト、紗英が「お爺ちゃん、これはきっと大丈夫だよ」と泣いているお爺さんに渡したおにぎりは、納豆入りだった。
別にあり得ない組み合わせじゃないし、紗英も当たりじゃないおにぎりとして作った物だ。
だが、どうやら紗英のお爺ちゃんは納豆が大の苦手だったらしく、口に入れたかと思うと高速でトイレに駆け込んで行った。
……確かに素晴らしいクジ運だったかな。
それからしばらく、トイレから出てこなかったのはホントに気の毒だけど。
苦笑をしつつ、再度時計を見た。
……あ。
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「5、4」
……?
「3」
あぁ……なるほどね。
「2」
突然だから何かと思っちゃった。
「1」
せーのっ!
軽くお辞儀。
それと同時に、毎年恒例の挨拶をする。
『明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしま〜す』
見事に声が重なり、思わず笑みがこぼれる。
「じゃ、行こうか?」
言って、先に境内へと入る史乃。
私も後についていき、歩くこと十秒ほど。
賽銭箱にたどり着いた。
同時に、はい、と史乃が投げたのは硬貨。
キャッチして、書いてある文字を読めば──百円。
「高すぎじゃない?こんなの一円でもいいのに」
「一年分の祈りごとだからね。百円くらいいいんじゃないかな?」
笑いながら、史乃は百円を賽銭箱に投げ入れた。
続いて私も投げ、木に硬貨が当たる音を聞いてから、目を閉じながら柏手を打つ。
──。
数秒静寂が訪れたのを感じて、目を開けた。
横を見れば、既に史乃は終わっていたらしい。
目を開けて、こちらをジッと見ていた。
視線が絡み合い、史乃は口を開く。
「何て祈った?」
「教えな〜い」
笑いながら身体の向きを反転。
ノンビリと、家へ向かって歩き出す。
「ね、教えて?」
「やだ」
む……。
横に並んで歩く史乃が、しつこく訊いてきた。
「いいでしょ?」
あ〜もう……しつこい。
言える訳ないじゃん。
ずっとこうしていたい、なんて。
大体、そんなこと言うのは私のキャラじゃないし。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ま、すぐは教えてくれないんだろうけどね。
内心で苦笑しながら、紗英の隣を歩く。
すると突然、紗英が腕を絡ませてきた。
「……どうしたの?」
「寒い……」
ホント……素直じゃないなぁ。
そういう点も含めて、好きなんだけど。
「じゃ、そういうことにしといてあげる」
言って、紗英の肩を抱き寄せた。
「な、何!?」
「寒いんでしょ?だったら密着してる方が暖かいよ」
紗英は何かを言おうとして……止めた。
そして身体から力を抜いて、完全に身を任せてきた。
微笑みながら。
紗英を軽く抱きながら。
ゆっくりと、家への道を進んでいく。
帰ったら、何を祈ったか教えて貰おう。
粘ればきっと……教えてくれるだろうしね。
・後書き
時期が時期なんで、という理由で出されたお題『お正月』ですが……。
軽くその時期を過ぎて書き終わりました。
お待たせして申し訳ありません。
さて、今回のは呪われた子の続き、と考えて貰えれば構いません。
最初はフレイムマスターの世界で書こうかと考えたのですが、まだUPしていないのが多いので諦めました。
今回はちょっとギャグ(?)重視にしてみましたが、いかがでしたか?
もしよろしければ、BBSに感想をお願い致します。