朝、目覚ましの音で目が覚めると洗顔などをして、自分のお弁当を作る。
そして制服に着替えて、学校へと歩き出す。
学校では適当に授業を受けて、放課後は部活をする。
部活が終われば一人でのんびり家へと帰り、夕食を作ったりTVを見たりお風呂に入ったりする。
今まで花梨は、そんな平穏な暮らしをしていた。
ところがある日突然、学校へ行く最中に、血まみれの少年──弾を見た。
ここから花梨の生活に異変が生じてきた。とても信じられないような真実を、少年に教えられたのだ。
教えられていくうちに、その真実は自分と深い関わりがあることを知った。
最初は半信半疑だったのだが、結局弾を、真実を信じた。理由は何となく。
だが、すぐに真実だという裏付けが出来た。
少年の話に出てきた、〈姿無き者〉が現れたからである。
苦戦の果てにノンシェイパーの兄弟を倒し、危機去ったのだが──
またいつ来るかも判らないという理由で、弾は花梨の家に住むことになった。
それ以来、弾と一緒に二人きりで暮らしている。
男と女、一つ屋根の下で暮らしているとは言っても、弾が何かをするわけではないので大した問題はない。
それに、弾と一緒に暮らし始めてから、花梨は弾に関する様々なことが判った。
まず、朝が弱い。おかげで毎朝、親のように弾を起こすのが日課になってしまった。
次に、頭が良い。
どのくらいかと言えば、教科によっては偏差値が花梨と十ほど違ってくる。
花梨の頭が悪い、というわけではない。
基本的に、偏差値は五十代後半をキープしているのだ。
それにどこで覚えたのか、料理も花梨ほどではないが、そこそこ出来る。
無愛想に見えるが、実はそうでもない。等々……。
「〈守護者〉は人間ではない」と、弾は言っていたが正直、人にしか見えなかった。
確かに身体能力は人以上だし、炎を操ることも出来る。だが、それがなんだと言うのだろう?
見た目は人と何ら変わりがないのも事実だし、弾が時折見せる優しさは人間そのものだった。
ゆえに花梨はこう考えている。
弾はガーディアンなどである前に一人の人間だ──と。
「パスパス!」「ほらそこ、マークついて!」「あちゃー、入れられちゃった」「ナイスシュート!」「ドンマイドンマイ」
女子バスケットボール部の声が、体育館の中に木霊する。
今は、メンバーを二つのチームに分けて練習試合をしているようだ。
弾はそんな様子をのんびりと眺めていた。
部には入っていないし、時間は有り余っている。
幾度か誘われたが、大した魅力も感じられないので全て断っていた。
先に帰ってもいいのだが、帰ってもすることが無い。
だから、自身の適合者である花梨の練習している様子を眺めていた。
弾はガーディアンなので、〈支配者〉を護るため、
常にマスターの近くにいるのは普通である。
だが一週間ほど前に一度、ノンシェイパーと戦って勝利を収めている。
ノンシェイパーがマスターをいつ襲ってくるか判らないとは言っても、そんなにしょっちゅう来るわけではない。
というか、来たらたまったものではない。偶然がそんなに重なることはないからだ。
それなのに花梨の近くにいる理由は、やはりやることが無いからだった。
思い起こせば、最近はずっと花梨の近くにいる気がする。
クラスは違うのだが、授業の合間の休み時間は常に一緒だし、昼食を取るのも登下校するのも一緒である。
その理由はよく判らなかった。悩む、とまではいかないが、その理由を冥想をするように考え込むこと数分。
突然、視界の中で何かが転倒した。見れば転倒したのは花梨で、痛みからか顔が少し引きつっている。
「花梨、大丈夫?」
近くにいた女子が花梨に近寄って聞くと、花梨は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。
「ちょっと足、捻ったみたい……保健室に行ってくるね」
「あ、じゃあ木下君が背負って、連れて行ってあげたら?捻挫とかしてるかもしれないしさ」
花梨と同じチームの女子がそう言うと、その付近にいた女子が同意の声をあげた──ただ一人を除いて。
「ちょ、ちょっと、何でそこで弾が出てくるの!私一人でも平気だっンンー」
顔を真っ赤にして反発する花梨の口を、言い出しっぺの女子が塞いで、勝手に話を進めていく。
「木下君、花梨を背負うことくらいは出来るよね?あ、保健室の場所は判る?」
「ああ、花梨くらいなら楽勝だ。保健室は校内図を覚えているから判る」
すると、聞かれたことに答えただけなのだが、
なぜか花梨は更に顔を真っ赤にして、怒った時になるような真剣な目で弾に何かを訴えかけてくる。
〈ヘルメス〉をつけていたら、きっと罵声が聞こえてきたことだろう。
だが、花梨は今は体操服を着ているので、ヘルメスを外していた。
「ンンンーンーンンーンー」
必死に何かを言おうとする花梨を、上級生と思われる女子が諭す。
「あのね、花梨。あなたは一年生だけど、うちの部の主戦力の一人なのよ?
変な怪我だったりしたら、あなただけじゃなくて私たちも困るの。
それに、木下君が嫌いってわけでもないんでしょ?従兄弟なんだから気にする必要無いじゃない。ね?」
否定する所が全くない意見に花梨は諦めて、拗ねたように大人しくなった。
それを見て、口を塞いでいた女子はようやく花梨の口を解放する。
「さて、それじゃ木下君、後は任せたから」
「ああ。ほら、負ぶされ……よし、行くぞ」
「行ってらっしゃーい」
弾は気の進まなそうな花梨を背負って、女子バスケットボール部員の見送りを受けながら体育館を出る。
そして体育館が見えなくなり、人が辺りにいないのを見計らって、花梨が突然口を開いた。
「ねえ、弾」
「なんだ?」
「さっき、「花梨くらいなら楽勝だ」って言ったわよね?……どうして私の体重知ってるの?
もしかして、私に変なことした……?」
花梨はジト目で弾を見る──いや、睨む。
最後の発言に弾は思わず、頭を抱えそうになった。だが、花梨を背負っているので心の中で頭を抱える。
やましいことはなかった。
だが、細かい所を説明するだけの気力は失われていた。
「お前な……あの日、気絶したお前がどうやって家に帰ったと思ってるんだ?」
溜息混じりで、弾はそう言った。
説明はそれだけで十分だったらしく、花梨は
「あ、そっか……ゴメン」
と言って黙ってしまった。反省しているのか、顔を真っ赤にして下に向けている。
ただの勘違いだったなら、弾もここで黙っただろう。だが勘違いするにしても、今回は内容に問題があった。
もし弾の姉が今のを聞いていたなら──恐らく、説明する間もなく弾の命は消えていただろう。
だから少しだけ、弾は嫌みを言った。
「それとも、『そういうこと』をされているのを期待していたのか?」
するとその言葉に反応するように、花梨の身体がピクッと一瞬だけ震えて──
肩に置いていた腕をいきなり首に巻き付けて、スリーパーホールドをした。
「ち、ちょっと待て、マジで入ってるって、首と頸動脈絞まってる!」
必死に叫ぶが、返ってくる声は冷静な感情と楽しんでいる感情が入り交じった声。
「謝って、反省までしていた乙女にそういうこと言う?普通はここで慰めたりするもんでしょー?」
「誰が乙女なんゴフッ……」
弾は言い返そうとするも、女とは思えないような腕力で更に締め上げられた。
その状態で数秒。意識が遠退きかけた時に、ようやく首を圧迫していた腕が外される。
「ゴホッゴホッ……お前……後一秒でも長く絞めてたら、いくらマスターでも燃やしてたぞ……?」
本気で言ったのだが、花梨は冗談と取ったらしい。
「あはは、でも、反省したでしょ?」
花梨は満面の笑みを浮かべて、反省したふうもなく笑っていた。
花梨の住む町の中のとあるビルの屋上。
そこには、三つの影が横に並んで立っていた。
「Who on earth is
she!?」(な……あの女は一体なんですの!?)
真ん中に立っている少女が突然で声を荒げると、少女の右手に立っているジャックが少女を注意する。
但し、注意の内容は声を荒げたことではなく、英語を使ったことである。
「ですからお嬢様、日本語をお使い下さい」
「Big mouth……Oh!That bitch,how could she straugle Mr.Dan's neck!?」
(五月蝿いですわね……ああ!あの女、弾様に背負って頂いている分際で弾様の首を絞めるなんて!?)
少女が手に持って必死に覗き込んでいるのは、特殊な双眼鏡。そして、見ている先は花梨の高校、秋野高校だった。
夢中になって日本語を使うことを完全に忘れている少女と、
少女が言うことを聞かないので頭を抱えているジャックを横目で見つつ、リチャードはただただ苦笑する。
と、いきなり少女が双眼鏡を覗き込むのを止めて、リチャードを見た。
「Well it seems
like we have a jurk on 『my』 Mr.Dan……Richard.check up on him
immediately will you?」
(どうやら『私の』弾様に害虫が付いてしまったようですわ……リチャード、至急この女について調べなさい)
久しぶりの命令。
大した命令ではないが、どんな命令でも従うのがリチャードがこの少女と交わした契約だった。
無言で頷くと、少女の横のジャックが手をリチャードの額に当てる。
そして、その手が光り出すと──そこから、とある少女の顔がイメージとして直接脳内に伝わってきた。
完全にイメージが伝わると、ジャックは手を下げてゴホン、と咳払いを一つ。
「お嬢様……お願いしますので、英語を使うのはお止め下さい」
「あら?私、英語を使ってたかしら?」
どうやら本気で言ってるらしい少女を見て、思わずリチャードは苦笑した。
「自覚皆無ってのが一番質悪いですね」
「……?まあ、何のことか判らないですけど、しっかり調べなさい」