「Hum……I'm already
tired」(ああ……もう疲れましたわ)
町の道路を走る一台のベンツの中、いかにもお嬢様のような少女が、愚痴をこぼしていた。
「お嬢様、ここは日本です。日本語をお話ください」
老紳士風の運転手はそんな少女の愚痴ではなく、日本語を使わなかったことをたしなめている。
「はあ……面倒ですわね。ここには三人しかいないのだから、別に英語でも平気でしょう?ジャック」
「いいえ、日本にいるうちは、常に日本語で喋るように癖をつけておきませんと」
文句を言う少女に、ジャックと呼ばれた老紳士は諭すように、それでいて決して振り向くことはなく言い返した。
少女を護るのが使命なのに、車で交通事故などを起こしていては本末転倒だからだ。
「それに、『郷に入っては郷に従え』ということわざも、この国にはございます」
「それじゃあリチャード、貴方はどう思いますの?」
突然少女に意見を求められたのは、助手席に座っている男。
中肉中背で、夏の始まりの六月だというのにブラウンのコートを着ている。
顔は上の下くらいだろう。鼻はそれほど高くないが、顔の彫りが深い。
外国の有名人に似ている人がいたはずだ。
「私は執事さんの意見に賛成ですね。やはり、『慣れる』というのは重要ですから」
リチャードは突然のことにも関わらずニコリと微笑んで、慌てることなく自らの意見を述べた。
まあ、少女が突然話を振るのはよくあることなので、慌てないのも当然かもしれない。
少女は二人に反対されたので、少し口を尖らせつつ、さり気なく話題をすり替えることにした。
「ところで、本当にこんな町に弾様がいらっしゃるんですの?」
「情報が確かなら……それよりお嬢様、話題をすり替えて誤魔化そうとしてますな?
日本にいるうちは、日本語だけを使ってください。頼みますぞ」
誤魔化すことが出来なかったので更に口を尖らせて、少女は渋々首を縦に振った。
「判りましたわよ……それにしても、早く弾様にお会いしたいですわ」