「ここらか……」
俺の片手には地図、もう片方の手には荷物が握られている。
地図はこの周辺のことが詳しく書いてあるもので、特に土地の形状が判りやすいものを持ってきた。
荷物は食料と寝袋のみ。
移動の事を考えて無駄な物は一つもない。
それに、あまり考えたくはないが
「……戦闘になる可能性もあるからな」
戦闘になると、荷物が回避運動の邪魔になることが多々ある。
右耳にはターコイズのイヤリングをつけてはいるが……。
低級の精霊なら勝てる自信はあるが、正直中級以上は辛い。
……はぁ。
軽く溜息。
辺りは既に暗くなっていた。
学校が終わって一度町へ行き、食料を買っていたせいで時間を食ったのだ。
とはいえ、真夜中という訳でもない。
ただ、木が多い分光がほとんど遮られるのだ。
時間的に、今は夕方と夜の間くらいなのだろう。
こうなっては目は当てに出来ない。
今フルに使うべきなのは……耳だ。
感覚強化系の呪文を覚えてないのが辛いな……。
人間の素の能力では限界がある。
当然、魔法で強化しても限界はあるのだが、使うと使わないでは差が大きすぎる。
まぁ、見つかる時はボーッとしてるだけでも見つかるし、見つからない時は何をしても見つからないのだが。
結局かなりの運任せ。
それが精霊を探すということなんだが……俺は前者だったみたいだな。
俺の耳は足音を捉えていた。
規則正しい、一定のリズムを保った足音。
土を踏む音の中に、時折小枝を踏んだ音が混じる。
お陰で大体の方向は掴めた。
身体をその方向へと向け、息を潜める。
正確な距離は判らないが、恐らくこちらへと来ているのだろう。
隠れるべきか?
……いや、ダメだ。
逆に隠れる際に出る音でばれてしまう確立が高い。
むしろこのまま身動きを取らない方がいいだろう。
足音が大きくなってきた。
緊張が全身に走る。
出会ってすぐに戦闘もあり得るのだ。
気は抜けない。
更に足音は大きくなる。
一直線にこちらへと向かっているようだが……。
もしかしたら、こちらの位置はもうばれているのかもしれない。
一度、響くように小枝を踏んだ音がした。
それと同時に、小さな明かりが木々の間から見える。
白く光るそれは火ではない。
魔法の明かりだ。
……人か。
精霊にとって、視覚とはそれほど重要なものではない。
明かりを用いるなど、人くらいのものだろう。
つまり、今回はハズレ、ということか。
まぁ所詮は噂だ。
元々信憑性はそれほど高くなかったしな。
また一歩精霊からは遠のいたが……仕方ないか。
だが、この雑木林はもう少し散策すべきだろう。
ドライアードがいる可能性はあるし、泉があればウンディーネに会えるかもしれない。
あまり期待してもいけないが、どうせ当てがないんだから、可能性があればやるしかないしな。
三日。
それが期限だ。
それまでに見つけられたらいいんだが……。
「あの……」
無理だったら、大会への参加は諦めるべきだろうな。
「あのぉ」
賞金がないと正直辛いんだが……。
「む、無視しないで下さい〜」
ん……?
声のした方を見れば、俺の腰くらいの身長の小さな女の子が立っていた。
髪はゴールドで、瞳はブルー。
肌の色は病的なまでに白い。
必死にこちらを見上げている顔は幼いなりに整っていて、両手は小さな握り拳を作っている。
餓鬼か……。
そう思うと同時に気付いたのは、周囲が光に包まれていること。
白く、柔らかい光だ。
さっき見たのと同じものだろう。
低級魔術とはいえ……こんな餓鬼が使うとはな。
そのことに多少驚きを感じつつ、返事をした。
何だ、と。
「あの、困ってることありませんか?」
は……?
そりゃあるが……突然人に訊くことかよ……。
……餓鬼の相手してる暇はないし、適当に追い払うか。
「お前がそこにいることで困ってるな。明かりがあったら探しづらい」
「え……?探し物でしたら、明るい方がいいのではないですか?」
まぁこいつの言う通りだろう。
探す物が普通の物なら、だが。
精霊を探す場合、周囲は自然に近ければ近いほど良い。
例えば自然には存在しない明かりがあると、精霊達はそこを避けてしまうのだ。
「まぁいろいろあるんだ。それより、早くどこかへ行ってくれ。そこにいられると邪魔だ」
「え、そう言われましても……私、大天使でして、いろんな人のお役に立たないといけないんですよ」
はぁ……?
そりゃ魅力的な話だな。
「判った判った。だからさっさとどっか行ってくれ」
「し、信じて下さいよ〜。本当なんですから」
そう言われても、信じられる訳がない。
というのも、人が使役するのは主に三種で、精霊、悪魔、天使な訳だが……。
精霊は今の俺のように、ひたすら探し回って見つけるしかない。
悪魔は召還すれば簡単だが、代価を支払う必要があるので滅多に召還しない。
そして天使、こいつは探し回って見つけるとかいう次元ではない。
世間では、天使に会うには精霊を千匹見つけるのと同じ根気がいる、と言われているのだ。
当然、一生会えない人がほとんどだ。
それだというのに、こいつは大天使だと?
大天使は天使の上位の存在で、会えるなんて話聞いたことがない。
大体、こんな餓鬼が大天使だなんてある訳がないし。
「お願いします、お役に立たないといけないんです〜」
「……じゃあこうしよう。宙に十秒間浮け。それで大天使だと認めてやる」
どうせ無理だろうがな。
宙に浮く、というのは魔術の禁忌の一つだ。
無理ではないが、難易度は上級を凌ぎ、失敗すれば死に至る確立が高い。
だから諦めるだろう。
そう思って自称大天使を見ていると──浮いた。
呪文無しで。ゆっくりと浮いて、笑顔で時間を数え出す。
そして十秒数えて地に足をつけると、そいつはえへへ〜、と笑った。
「これで信じて貰えますか?」
声をかけられて、驚きの余り停止していた俺の時間が動き出す。
同時に脳が下した判断は、これはチャンスという判断。
俺はそれに従うことにした。
「OK。じゃあ……頼みがあるから、一旦うちに来てくれ。あ〜っと……何て呼べばいい?」
「あ、私の名前はアナエルです。呼び捨てで構いませんよ」