ゴーン、ゴーン、ゴーン......
四限目終了を知らせる鐘が鳴った。
大部分の生徒は弁当を拡げ、弁当の無い一部の生徒は食堂へと行く。
ハッキリ言って、うちの食堂の飯は美味しくない。
そのため大半の生徒たちは弁当を作り、食堂に行くのは訳ありの生徒のみ。
……今回の俺も、その訳ありの生徒の一員なのだが。
まぁ平気だろう。
美味しくはなくても、食えないほど不味い訳ではない。
そろそろ食堂へ行こうかと立ち上がる──前に、ティディアが目の前に来ていた。
「クラム君、お弁当ないの?」
「あぁ」
訊かなくとも判ると思うんだが……。
弁当があるのなら、今頃は俺も拡げているだろう。
「えっと……それじゃあ、余分に作って来ちゃったお弁当があるんだけど
……もし良かったら、食べてくれないかな?」
言って、ティディアは俺の机の上に弁当箱を置いた。
──?
どうして俺なんだ……?
他にも弁当を忘れてる奴はいるのに──。
「お、羨ましいねぇ」
声は後ろから聞こえた。
考えてる途中に……ったく。
うるさいのが来たな。
振り返ると、そこには赤い髪の男が立っていた。
「何がだ?エフォート」
「羨ましいって言ったんだよ。女子の手料理食えるなんて儲けもんだろ」
ふむ……。
前半はどうでもいいが、儲けもんという所には賛成だ。
食費が浮くからな。
「それもそうか。それじゃ、ありがたく貰うことにするよ」
「う、うん!」
何が嬉しいのか、ティディアは心配そうな顔から、パッと明るい笑顔になった。
まぁ……何かしろ理由があるんだろう。
「そ、それじゃ私はこれで──」
「あれ?ティディアちゃんは一緒に食べないのか?」
去ろうとしたティディアに、エフォートが声をかけた。
「え……わ、私──」
俺の方を見ながら、ティディアが何かを言った。
目の前にいる俺にも内容が全く聞き取れないほどの小声で。
だというのに、エフォートには何かが判ったらしい。
怪しげな笑みを浮かべながら俺を指差し
「こいつは気にしなくてもいいだろ。どうせ気付いてないだろうし」
とティディアに向かって言った。
気付いてない……?
何か俺に関係あるみたいな言い草だが──気にするだけ無駄か。
どうせ大したことじゃない。
「え……っと、じゃ、じゃあお邪魔します」
怯えているかのように、ゆっくりとティディアは近くの椅子に腰を下ろした。
俺が噛みつくとでも思ってるのだろうか……。
「どうしたクラム、今日はいつにも増して不機嫌だな」
俺の顔を覗き込みながら、エフォートは言った。
「まるで俺が常に不機嫌みたいな言い方をするな……まぁ実際、今はそんなに良い気分じゃないが」
「ふぅん……何かあったのか?」
エフォートは心配そうに聞いてくる。
だがそれは表面だけで、目は好奇の光で輝いている。
つまりはただの野次馬根性。
ったく……本当の事言わないと諦めないだろうな。
「うちに仕えていた風の精霊がいなくなったんだ。代理を捜さないと不便なんだが……中々見つからなくてな」
「嘘つけ。大方、見つけてはいたけど扱いづらいとか、大した力が無いって理由で放置してたんだろ」
む……。
確かに仕えさせる気にもならない小者なら何匹か見つけていたが……何でそんなにピンポイントで判るんだ?
心を読んだ訳でもないのに。
「うわぁ、大変だね……あ、そうだ」
ティディアが唐突に、何かを思い出したかのように手を叩いた。
「噂なんだけどね?学校から西に行った所にある雑木林に、何かがいるらしいよ」
何か……?
「それはせ──!?」
突然、横からフォークが伸びてきた。
俺は弁当をサッと動かして、フォークから狙われていた卵焼きを守る。
「エフォート、人の弁当を勝手に食おうとするな」
「ケチ。俺だって女子の弁当少しは食いてぇんだよ」
知るか。黙れ。
「自分のがあるだろうが。俺の栄養源を盗ろうとするな」
「栄養源ねぇ……せめて『こんな旨い物をお前なんかにやるか』とか言えないのか?ありがたみが感じられないぞ」
「ほぅ……食ってもいないお前が、どうしてこれが旨いと判る?」
「見た目と作った人で判断がつく。それとも、不味かったとでも言うのか?」
ジト目でエフォートは俺を見てくる。
その横では、ティディアが不安そうな顔をしていた。
不味かった、という言葉に対する俺の発言を、かなり気にしている様子だ。
はぁ……ったく。
「旨かったよ」
言うと同時、ティディアが安堵の溜息をついた。
例え不味くても、別に俺は気にしないんだが……よく判らないな。
「……で、それよりも、さっき言ってた何かってのは精霊か?」
ただの動物だったとか、そういうのは避けたい。
「んー……細かいことは判らない。ゴメンね、噂だからさ……」
ふむ……。
まぁどうせ行く当ても無かったし……放課後にでも行ってみるか。
「判った。ありがとう、ティディア。噂でも、がむしゃらに探すよりは可能性が高いから」
「あ……うん!役に立てたなら良かった」
……今度は満面の笑みになったな。
どうして、表情がこうコロコロ変わるんだか……よく判らない。
ゴーン、ゴーン、ゴーン......
「お……鐘が鳴ったな」
ポツリ、とエフォートが呟いた。
……昼休み終了五分前を告げる鐘か。
次の授業は確か魔術史だったか……。
移動教室だし、そろそろ移動するべきだな。
俺は食い終わった弁当をパッと片付け
「ありがとう。助かった」
と言って、ティディアに返した。